Sunday, March 25, 2018

マスコミ・ナチズム

日米だけではなく世界中でフェイク・偏向報道について物議を醸しています。世の中そんなものということは理解できていますが、私個人としては「目的のためには手段を問わず」という手法は良しとしていません。

大分県立図書館に出かけ、ジャーナリズに関する本を読んできました。

途中、「女子高生コンクリート詰め殺人事件」についての報道のあり方について物申すという本を見つけ目を通す。口に出すのも憚られるほどの凄惨で残酷な未成年による鬼畜事件であり、私はこの報道をアメリカで知りました。「地下鉄サリン事件」「神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗)」とともに、アメリカの犯罪TVドラマやノンフィクション系の番組で引用されることの多い事件の一つです。

日本のメディアは、被害者である女子高生について「非行少女である」「逃げるチャンスはあった」などネガティブに伝えました。その中で朝日新聞社さんが、加害者の未成年達を匿名で、被害者の女子高生を実名で伝えたことについて『女子高生コンクリート詰め殺人事件―彼女のくやしさがわかりますか?』の著者が朝日新聞さんに問い合わせた内容が書かれていました。以下、抜粋。
『お嫁に行く心配がないから死者は実名報道』 
「ニュース三面鏡」を書いた記者を出せ、と言ったら、その記者は席を外している、用件があればわたしがきく、ということで、わたしはその記者に「数々の疑問」をぶちまけたのである。 
電話口の社会部記者は「朝日の報道にあやまりはない」の一点ばり。サンゴ礁のねつ造記事があり、最近の朝日は誤報の訂正謝罪にいとまのないありさま。訂正謝罪の常設コラムを設定したら・・・と提案したくなるほどだが。一読者に対してはゴーマン無礼だということもまた、定評のあるところである。 
「なぜ加害者は匿名で、被害者を写真入りで実名報道するのか。実名報道で、被害者の人格まであげつらうのは許せない」 
「性犯暴力で生存している場合は匿名、死んだ場合は実名報道というのが朝日の基準になっている」 
「その理由は?」 
「死者を匿名にしても利益がないからだ」 
「もうお嫁にいく心配がないということか」 
「ま、そういうことだ」 
「朝日では婦女暴行はむごい犯罪ではないということになっているのか。この事件はそもそも強姦から始まって、結果として殺してしまった事件ではないか。強姦されたことによって人生を狂わせた女はいっぱいいる。強姦は女にとって死にひとしいむごい犯罪だと女は思っている」ガンガンまくしたてると、記者はトーンを落として「そういえば、婦女暴行もやはり、むごいですよね」とのたまった。死んでしまったら、匿名にしても利益がない、という感覚には、心底おどろいた。死者にも名誉もあれば、人権もある。遺族は生きているのである。遺族の心情を考えれば、死者をペンの力でふみにじることは許されない。
----------
初報時に、日刊新聞であからさま非行少女キャンペーンを張ったのは、わたしの知る限り朝日新聞だけである。
この本では、朝日新聞さん一社を攻撃しているわけではなく、メディア全体に対して疑問を呈しています。1990年の本なので、現在の朝日新聞さんの実名報道基準は変わっているのかもしれませんし、変わっていないのかもしれません。著者は、門野晴子、中山千夏・丸山友岐子・日方ヒロコさん。女性の人権や性的暴行事件について女性目線で書かれています。

門野晴子さんが、「マスコミ・ナチズム」について触れています。以下抜粋。
『マスコミ・ナチズム』 
一つ目の記事が二つ目の記事を補い、二つ目の記事が三つ目の記事を補い、三つ目の・・・記事は互いの相乗効果が重なって、なお残酷な暴力をふるい続ける。 
そして不気味に一致していることはまだある。表面的には売らんかな主義だが、その根底には世の体制に合わない者は排除せよ、排除されても仕方がないというマスコミの正義の味方を装った犯罪性と傲慢性だ。さらにマスコミを構成するひとりひとりの退廃した貧困で無恥な意識である。 
世の中から、自分たち、もっというならば自分たちの代表されるような選良な人々以外の追放し、抹殺するマスコミはナチスを思い起こさせる。
昨今のフェイクニュース・偏向報道にナチズム的要素はないでしょうか。私はこの記述を読み、森友問題報道が頭に浮かびました。

トランプ大統領や安倍首相のような強いリーダーシップをもつ権力者に立ち向かうには、フェイクニュース・偏向報道という手段で対抗するということなのでしょうが、それが正義となぜ言えるのでしょうか。

特に朝日新聞さんが活躍しておられるようですが、「良いことは良い、悪いことは悪い」派の私でも気になることがあります。

ネットでチェックすると、アンチ安倍総理とともにアンチ朝日新聞さんの動きも激しく、両者の言い分を読んでいると、お口も悪く日本のお先は真っ暗なのではないでしょうか。「和を以て貴しとなす」という聖徳太子時代が懐かしい。私は、こんな国の汚れた町を25.000 kmも清掃して歩いているのか・・・悲しいです。
朝日新聞さんの社史を全巻全ページめくってみました。めくりすぎて右腕をいわしてしまいました。特に明治時代は面白く、若手社員さんより詳しくなったかもです。

明治時代の社史を読みながら、「江戸時代のかわら版(読売)はフェイクだらけだったんだろうなぁ」と思ったのです。そう考えると、そもそも新聞とはそんなものなのかなと。当時のかわら版を見てみたいのですが、国立博物館とかに展示されているのでしょうか。

No comments:

Post a Comment

万年筆のノート術

知人がプレゼントしてくれた原稿用紙。 かなり前に製造中止になったKOKUYOさんの万年筆専用ノート(手帳サイズ/ノ-CH2U)のストックが、あと1冊になってしまいました。 KOKUYOさんの 書翰箋(ヒ-211)は、万年筆用のメモ帳としては、自分の中では最高クラ...