Thursday, February 22, 2018

大杉漣さん訃報翌日のゴミ拾い

身近に感じる世代の方達がお亡くなりなります。その都度、ゴミを拾いながら「死生観」や「人生の終わり方、終わらせ方」について考えるようになりました。そして、その回数が年々多くなっていく新米五十路の私です。
四十歳から五十歳までの十年間は、情熱ある人びとにとって、常に危機的な十年であり、生活と自分自身とに折り合いをつけることが往々にして困難な不安の時期であり、たび重なる不満が生じてくる時期である。 
しかし、それからおちついた時期がやってくる。 
私はそれを自ら体験したばかりではなく、多くのほかの人たちの場合にも観察した。 
興奮と闘いの時代であった青春時代が美しいと同じように、老いること、成熟することも、その美しさと幸せをもっているのである。
 
人は五十歳になるとある種の子供っぽい愚行をしたり、名声や信用を得ようとしたりすることをやめる。  
そして自分の人生を冷静に回顧しはじめる。  
彼は待つことを学ぶ。  
彼は耳を傾けることを学ぶ。  
そしてこれらのよき賜物を、いくつかの身体的欠陥や衰弱という犠牲を払って得なくはならないにしても、彼はこの買い物を利益と見なすべきである。  
~ヘルマン・ヘッセ~

どうせいずれは働けなくなる。

働きたくても年々難しいことも多くなってくる。

「私も貴方くらいに若い頃からゴミ拾いをやっとけばよかった。今になってそう思っても体が言うことを聞かん」と、ゴミ拾い中の立ち話でシニアの方が後悔の念をよく口にされます。

終活としてゴミ拾いなどの奉仕活動をされる方達も多いと聞きます。


私はまだ老年ではありませんが、何事に対しても常に「明日は我が身」と思うようにしています。私の人生に折り返し地点はなく、限界点も設定せず、足が動かなくなるまで「道」(タオ)を歩き続けるだけです。

いつも通りに元気に家を出て、いつも通りに元気に家に帰ってこられなかった方達のニュースを毎日見聞きします。

最後に家族や愛する人と交わした言葉は何だったのだろう。
最後の晩餐は何だったのだろう。
最後に聴いた音楽は。
やり残したことが沢山あったはず。

なにより「いってきます」といつも通りに家を出た時、自分が帰ってこられないことなど考えもしなかったでしょう。

「いってきます」とは「行って帰って来る」という宣言なので、必ず帰ってこなければならないのです。

毎朝ゴミ拾い(登拝も)に出たら、必ず家に戻ることを最優先に考えたい。

明日は我が身。終活は老年だけのものではないです。


つまらぬこだわりは身を縮め、足を止めるだけ。

どうせ一回の人生だから。

明日も明後日も一歩一歩拾い続けるだけです。

ひとつ拾ってひとつ反省。
ひとつ拾ってひとつ感謝。

生きることに慣れきってしまった私の若年終活のひとつです。

春になると「孤高のゴミ拾い」は7年目に、「孤高の登拝」は6年目になります。

恥ずかしながらこの歳になって、まだ何一つ成し遂げたことがありません、


When I'm gone

大杉さん、ご苦労様でした。安らかに。

【2018.2.22】孤高のゴミ拾い: 24,712 km/15,355 mi

「明るくなるのが早くなりましたね」というのが、最近の朝の挨拶のトレンドです。

芯から寒いというのはなくなってきました。
秋にはためらいがありますが、春にはありません。

春の準備をしなきゃ。

Wednesday, February 21, 2018

【2018.2.21】孤高のゴミ拾い: 24,697 km/15,346 mi

重たいゴミに加え、前半に無人販売所で白菜などを購入したため、重量感たっぷりのゴミ拾いとなりました。
 暖かくなるとポイ捨てゴミが増加します。厳しいゴミとの戦いが続きます。

Tuesday, February 20, 2018

今の大分に望むこと

携帯電話が普及し始めた頃の話です。

マンハッタン(NY)の道端にあたる電話ボックスの数は、当時でたったの4台しかなかったのです。

あの人口密度で4台。

携帯・スマホを持たない大人にとっては不便なことなのですが、アメリカの子供社会でも問題視され「New York Times」も取り上げていました。

「スーパーマンが着替えられないじゃないか!」

と、電話会社に子供から問い合わせ(苦情・嘆願)が届き、当時の電話会社も「それは深刻な問題である」と存続させることになったのです。(現在は知りません)
今大分に必要なのは、大人の荒っぽい言動ではなく、大人が作る薄っぺらい感動・涙でもなく、子供ちゃん達の真っ直ぐな気持ちを受け止める大人の粋なユーモアと計らいではないかなと思うのです。「こうすれば子供が喜ぶだろう」というような大人発信のものではなく。

NORADサンタのようなね。
子供ちゃん達だけではなく、常日頃からこの町に対して、この町の困った人達に対しても同じように考え接することができたら、この町は心身共に美しい町になるのではないでしょうか。

薄っぺらく、湿り気のある町づくりなんて、面白くも何ともないです。

まず、大人が変わらなきゃ。

毎日ゴミを拾いながら考えることです。

【2018.2.20】孤高のゴミ拾い: 24,682 km/15,337 mi

穏やかな夜明けでした。
 ポットのポイ捨て。
赤ちゃんのオモツのポイ捨ては相変わらずです。アメリカでは、こういうのも虐待に含まれます。
 雨上がりのゴミは重たく、あまり拾えませんでした。
ゴミ拾い道中に立ち話した方が、ゴミを拾っている私のことを「変わった人(weiredというニュアンスで)」と口を滑らしてしまい、慌てて言い直しました。悪意は感じませんでしたが、ある意味本音でもあり。ゴミを拾う行為が当たり前の町になれば良いと思いました。

Monday, February 19, 2018

レイシズムと私

成田~大分のジェットスター便で以下のようなことがありました。
2月16日、東京/成田発大分行きのジェットスター・ジャパンGK607便(エアバスA320型機、機体記号:JA16JJ)が、当初の申請と異なる飛行経路を飛行した可能性があることがわかった。
同じ頃、ジェットスターのメルボルン~ブリスベン便でもトラブルが。

機内持ち込み手荷物の件でトラブルとなったインド系カナダ人のご夫婦が、航空会社スタッグさんとのやり取りの中で差別を受けたとSNSで訴えたのです。

要約すると、「ここはインドじゃなくメルボルンだ」という内容のことを言われたと。

この話には、オーストラリアにおけるインド人移民問題というのがバックグラウンドにあるのです。インド人移民だけではないですが。


海外に住んでいると大なり小なりイロイロあります。私も海の向こうで長く暮らしていたので大なり小なりイロイロありましたが、私はイチイチそれを差別だとは考えず、「外国で暮らすとはそういうこと」と考えていました。

転勤族の子供だった私は、小さい頃から引越しが多かったので、日本国内・大分県内においても大なり小なりの経験があり、「そんなことにイチイチ構っていられない」という気持ちは常に持っていました。「差別された」「村八分にされた」とは思わず、自分から彼らの懐に飛び込んで溶け込もうと努力しました。それは、媚びるということではありません。

大分生まれ、大分育ちでありながら「なんちゃって大分人」の私が、毎朝ゴミ拾いを続けているのは、コミュニティのへの貢献という「公」の気持ちで続けているということもあります。

最初の頃はイロイロありました。奇異な目で見られたり、職質みたいに声を掛けられること、嫌なことを言われたりすることもありましたが、ゴミを拾うという「姿勢」だけで私という人間を理解して頂くには時間が掛かります。まだ道半ばです。口先では何とでもね。


拾っても拾っても見ず知らずの大分市民が飲み食い散らかすゴミを毎朝15 km拾い続ける私は、レイシズムのない大分市(大分県)を望みます。口先では何とでもね。

【2018.2.19】孤高のゴミ拾い: 24,667 km/15,327 mi

出立した途端にジワッと降雨。そのままゴミ拾いを続けましたが、先を急いだので回収量は少なめです。

Sunday, February 18, 2018

大分県におけるJR九州さん問題 2

JRさんの説明によると、改善というよりは「粛々と進めさせて頂きます」ということだったように感じます。

先日、アメリカ「Amtrak」の予算削減について書きました。[visit the post]

ニュースレポートの女性(60歳)は、片道3時間かけてロサンゼルスまで通勤しています。2:45起床、3:45に出発します。車で最寄りの駅まで行き、そこから列車に乗って仕事場までの約170kmの行程を16年間続けています。9時間働き、睡眠時間は、たったの4.5時間。彼女は、その生活を楽しみ生きがいに感じているのです。

「もし列車が減便になり彼女が通勤できなくなったら」と考えてみました。

もしかしたら、大分にも遠くから大分市街地、またはそれ以上に遠い場所まで通勤されている人がいるのかもしれません。生きがいを失ってしまうこともあるのかもしれません。

ハンディキャップを背負っている方達も。

ただ、差別とかそういう話になってしまうことは、非常に残念です。

向かう方向が間違っています。(個人的意見)

【2018.2.18】孤高のゴミ拾い: 24,652 km/15,318 mi

穏やかな朝、土手を牛走する運動不足っぽいアダルトが多かった大分川の土手でした。オリンピックの影響もあるかな。
「え、運転するの?」と驚くくらいにご高齢のおじいさんを目撃しました。車に家庭ゴミを乗せ、電信柱3本分くらい先のゴミステーションまで運ぶために運転されていました。彼にとっては、電信柱10本くらいに感じる距離なのでしょう。

かなりご高齢のおばあさんが一輪車に家庭ゴミを乗せ、ちょっと先にあるゴミステーションまでゆっくりと運んでいました。途中で車通りの多い歩道のない道路に出るため危なかしくて心配になってしまいます。

「玄関前に置いといて。ついでにうちのと一緒に運んでおくから。」という町になれば良いなと。

Saturday, February 17, 2018

【2018.2.17】孤高のゴミ拾い: 24,637 km/15,309 mi

春風を期待してゴミ拾いに出たのですが、ただの寒太郎でした。今日は、通常のゴミを抑え気味にして台風のゴミを回収。(地図の場所)
「ゴミの写真は載せた方がよいのでは」というメッセージを数件頂戴しました。明日からまた載せたり載せなかったりしながらやっていきます。

メッセージありがとうございます。

大杉漣さん訃報翌日のゴミ拾い

身近に感じる世代の方達がお亡くなりなります。その都度、ゴミを拾いながら「死生観」や「人生の終わり方、終わらせ方」について考えるようになりました。そして、その回数が年々多くなっていく新米五十路の私です。 四十歳から五十歳までの十年間は、情熱ある人びとにとって、常に危機的な十年...