Thursday, April 27, 2017

【2017.4.27】孤高のゴミ拾い: 21,786 km/13,537 mi

昨日はよく降りました。ゴミ拾いはできなかったので、南大分公民館にゴミ袋をもらいに行きました。大切に使わせて頂きます。

土手はまだ乾いておらず、草の中にあるゴミを拾うことはできませんでした。草もだいぶん伸びてきました。

子供ちゃんの手作りのアイテムを拾った時が一番困ります。捨てるに捨てられない。一応、まだ持ってます。
河川敷の先にはゴミがいっぱい捨てられています。川面をのぞくとゴミがいっぱい引っかかっています。手が届きそうで届かない。足元も濡れて危ないのであきらめました。高枝切り狭みがあれば、あっちこっちのとれそうでとれない所のゴミを回収することができるのですが。
 雨水をたっぷりと吸い込んだゴミ達は、かなり重かったです。
皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Wednesday, April 26, 2017

西寒多神社: 歴代宮司

物集高世
就任年月日: 明治6年3月14日
退・転任年月日: 明治7年4月7日

田近陽一郎
就任年月日: 明治7年4月9日
退・転任年月日: 明治9年2月8日

湯谷基守
就任年月日: 明治9年3月17日
退・転任年月日: 明治10年12月18日

江藤正澄
就任年月日: 明治10年12月28日
退・転任年月日: 明治11年3月28日

宗六翁
就任年月日: 明治11年3月4日
退・転任年月日: 明治11年12月1日

村井泡
就任年月日: 明治11年12月19日
退・転任年月日: 明治15年6月3日

毛利登
就任年月日: 明治15年9月19日
退・転任年月日: 明治39年8月13日

金子長吾
就任年月日: 明治39年8月13日
退・転任年月日: 明治42年11月19日

遠山正雄
就任年月日: 明治42年12月1日
退・転任年月日: 大正3年4月18日

石上清治
就任年月日: 大正3年4月18日
退・転任年月日: 大正9年10月8日

後藤周治郎
就任年月日: 大正9年11月19日
退・転任年月日: 大正12年9月27日

久松信正
就任年月日: 大正12年9月28日
退・転任年月日: 昭和2年8月13日

長曾我部延男
就任年月日: 昭和2年8月13日
退・転任年月日: 昭和4年3月

松本浩通
就任年月日: 昭和4年3月5日
退・転任年月日: 昭和7年8月23日

上井廣𠀋
就任年月日: 昭和7年8月23日
退・転任年月日: 昭和20年12月8日

河野八百吉
就任年月日: 昭和21年6月24日
退・転任年月日: 昭和29年12月25日

小野新
就任年月日: 昭和29年12月25日
退・転任年月日: 昭和43年2月

村井昌
就任年月日: 昭和43年5月15日
退・転任年月日: 平成5年8月31日

玉井篤
就任年月日: 平成5年9月1日
退・転任年月日: 平成13年3月31日

縣好久
就任年月日: 平成13年4月1日

(写真: 昭和10年代)

西寒多神社: 氏子会

昭和21年(1946)2月に神社制度が廃止されたのに伴い、西寒多神社付属団体の豊後一宮講社を廃止せざるを得なくなった。それにともなって新たに氏子会を作ることになり、同年3月に氏子会規則を定めた。全文26条からなる規則の第2条は「本会は西寒多神社の隆昌を期し西寒多大神の御神徳を発揚顕現すると共に氏子恒例の祭祀神事を行うを以って目的とす」とその目的を定め、第3条で恒例の祭祀神事として例祭(4月15日)、祈念祭(2月20日)、新嘗祭(11月25日)、初卯祭を挙げている。


豊後一宮西寒多神社氏子會規則

第一條 本會ハ西寒多神社氏子ヲ以テ組織シ西寒多神社氏子會と称シ其ノ事務所ヲ西寒多神社々務所ニ置ク

第二條 本會ハ西寒多神社ノ隆昌を期シ西寒多大神ノ御神徳ヲ發揚顕現スルト共ニ氏子恒例ノ祭祀神事ヲ行フヲ以テ目的トス

第三條 本會ノ行フ西寒多神社氏子ノ恒例ノ祭祀神事ハ次ノ如シ

例祭四月十五日 祈念祭二月二十日
新嘗祭十一月二十五日 初卯祭 


第二章

第四條 本會々員ハ従前ノ西寒多神社氏子區域内ナル大分郡稙田村

(以下中略)

第六章 附則

第二十六條 本講社ハ昭和二十一年二月二日神社制度ノ廢止ニヨリ富然、国幣中社西寒多神社附属講社タル豊後国一宮講社規約モ改正ヲ要スルヲ以テ開發シコ丶ニ本規則ヲ制定シ神社法人登録済ノ日ヲ以テスルモノトス



豊後国一宮講社

大正13年(1924)3月13日、「崇敬者を結集して御神威を発揚する」ことを目的に豊後国一宮講社が設立された。主な事業は年一回講社大祭を厳かに実施し、祭典料を積み立てたり、各種品評会や講和会の開催を挙げている。

いずれにしても明治18年頃に結成されたと思われる一宮講社の改組と思われる。昭和16年の神祇院報告では、議員数は4,982人となっている。

(写真: 大正14年2月)

Tuesday, April 25, 2017

【2017.4.25】孤高のゴミ拾い: 21,771 km/13,528 mi

天然の山藤が美しく、視線を落とせばゴミ捨て場になっている場所です。何年も放置状態なのですが、自分1人ではどうしようもないです・・・。
 皆様のご理解とご協力をお願い致します。
 こちらの方も宜しくお願い致します。

Monday, April 24, 2017

【平成29年卯月24日】孤高の登拝155度目(Going-to-the-God Trail)

寒さを感じる丑三つ時だった。

西寒多神社の手前で西寒多山(本宮山)の方角を見ると、大きな星が流れ落ち一瞬だけ暗くなりまた光った。

萬年橋の上から電灯に薄く照らされた藤棚を見ていると、手前の木が「あっちこっち具合が悪いのだよ」と嘆いた。
拝殿の前に立ち、いつもより気合いを入れて2拍すると「パーン、パーン」と想定外の乾いた大きな音が響いた。その音に反応し、神殿の裏手斜面で大きめの山の住人が猛スピードで走り出し、足を滑らし斜面を転げ落ちた音がした。

月明りのない夜、西寒多山の住人達は活発に動き回る。

登拝道に入った途端、ビシビシと山の住人達の気配を感じ、彼らの視線を浴びていた。彼らと会う場所はいつも大体同じで、今朝はその全ての場所で出くわした。

鈴を鳴らしながら上がっていったのだが、聞こえていなかったのか、あるいは「あいつ(KAI)が来た」ということだったのかもしれない。

西寒多山の中では4:00までが彼らの世界で、「奥宮に参ります。通らせて下さい。」と、西寒多神社でお願いすることを忘れてはならない。

筍や新芽が生え、沢に水が戻ったことで彼らの動きも活発になっているわけだ。

足元は落葉でふかふかし、頭上で竹が何度もカーンと鳴り、遠くの方で大きな音がして木が倒れた。

山の動きも活発になっており、真っ暗でも新緑のパワーを感じることができた。
大分市街地の夜景は美しく、「未来永劫」と言う言葉が頭に浮かんだ。
空が赤くなるのが早くなってきた。(5:00)

6月には夏至がやってくる。
雨天のため2週連続登拝ができなかったということは、丸っと3週間清掃していないことになる。

奥宮・入口道が荒れているのは足元の落葉や枝でわかり、手入れされていない空き家のようなどんよりとした空気が漂っていた。
秋の落葉量で清掃に3時間以上を要した。
西寒多神社: 『本宮社の森』(奥宮西寒多神の庭)

2週間行けなかっただけで、こんなに雰囲気が変わってしまうものかと。
手を入れないとこんなにおどろおどろしくなってしまう。(以前↓)
常に掃き清め続けなければならないが、自分ができなくなった後、この地に住む誰かが繋いでくれるのだろうか。
They are all perfect.
奥宮内だけでは不十分で、入口道の85メートルも掃き清めなければならない。

こんなにおどろおどろしい道を下って奥宮に参いる人は希少で、これでは心霊スポット扱いされても仕方ない。山ガールさん達は、「以前は恐かった」とおっしゃっていた。
入口道は参拝者だけではなく「氣」の通り道でもあるのだ。
今年初めて見た奥宮の蛇。

すっかり植物も夏モードになってきた。麓付近の沢沿いは雲霧帯に属するので湿気が多くシダが多く生えている。
 西寒多神社: 『西寒多神社の森』
神苑石橋

神苑石橋は、かつて裏参道の西寒多川(旧名称: 星差川)に架かっていた石橋のことである。現在は、西寒多神社の石橋は表参道の萬年橋しかないが、かつては売ら参道にこの石橋が架けられていた。

昭和6年(1931)4月から11月にかけての日記に、旧来の土橋を石橋に架け替える工事の状況が書かれている。それによると、土橋を撤去して根掘りを行い、砂利を運び込み石工によって工事を始めている。

4月7日から始めた工事は同26日に竣工している。佐藤要平が請け負ったが、国道10号の金井戸橋や吉野の杉原天満社のみかえり橋を架けた戸次町の石工棟梁宮崎光治が助勢している。11月に再び石橋改造の記録があるが、工事内容は不明である。
当時の写真を見ると、萬年橋と同じようなアーチ橋で、川幅などから長さ5-6メートル、幅2メートル前後と思われる。欄干の作りなども萬年橋と同じで、萬年橋をモデルにして建立されたものと思われる。

同石橋は昭和18年(1943)9月の水害で崩落し、その後にコンクリートの橋が架けられ、現在に至っている。

なお、神苑の周回道路整備で、この橋の上流に2連の石アーチ橋架設の計画(費用約千二百余円)もあったが、実現しなかった。
今からさかのぼること1,739年、応神天皇9年(278)4月、神功天皇が三韓に兵を進めて帰陣の折、西寒多山(現在の本宮山)に行幸して四方の国々を御覧になり、そこに一本の白旗を立ててお帰りになった。人々はそれを敬ってその瑞垣を結び、聖地として崇めるようになった。

【2017】『藤の花』開花情報~西寒多神社~

【2/24】
う~ん・・・状態が良くないです。花が咲く前に芽が目立ち始めました。ここ数年、年々状態が悪くなっていくのですが、気候や老齢だけが原因ではないように思えてなりません。専門家ではありませんけども。

哀しそうです。
 「西寒多神社の藤を見に行ってください」とプッシュしづらいここ数年でして、藤の花を見ながらガッカリされる方をよくお見掛けし、「他に行けばよかった」と話す声が聞こえてくることも多く・・・。こちらのブログにも同様のメッセージが多数。 確かに、他の場所の藤の花を見ると美しいです。
それでも、着々と成長はしています。
西寒多神社ファンとしては、専門家を交えて藤の花の将来について話し合いの場を持って頂きたいと切に願います。
 奥に咲く「山藤」は元気です。
【4/18】
大変申し訳ございませんが、諸事情により今日も丑三つ時過ぎの撮影になってしまいました。来週は明るい時に撮影できそうです。

先週より伸びてきました。
【4/12】
遅くなりましたが、今年も始めました。諸事情により午前3:00撮影のためこんな写真になってしまいました。昨年と比較すると、今日時点では1週間遅いような気がしますが、このぺーすでいくと丁度GWの『ふじまつり』に見頃となるのでないでしょうか。ここ数年は、GW前には終わってしまっていたので、今年は期待できるのかも・・・と思っています。
 期待しましょう。

【2016】
【2015】
【2014】
【2013】

【2017.4.24】孤高のゴミ拾い(西寒多神社・奥宮ルート編): 21,756 km/13,519 mi

今日は下山が遅くなったのでゴミを深追いせず、ちょっと少なめです。

特にコメントなし。
皆様のご理解とご協力をお願い致します。

【2017.4.27】孤高のゴミ拾い: 21,786 km/13,537 mi

昨日はよく降りました。ゴミ拾いはできなかったので、南大分公民館にゴミ袋をもらいに行きました。大切に使わせて頂きます。 土手はまだ乾いておらず、草の中にあるゴミを拾うことはできませんでした。草もだいぶん伸びてきました。 子供ちゃんの手作りのアイテムを拾った時が一番...