Sunday, December 31, 2017

【2017 大晦日】孤高のゴミ拾い: 24,006 km/14,917 mi

人生の先輩方は、ゴミ拾い人に対して非常に丁寧に年末の挨拶をして下さる。
ゴミ拾い道中、対向車線を飛び越え土手に車が突っ込みました。若いドライバーさんは、酩酊とは言わないまでもかなり酔っ払っていました。警察に電話できない飲酒運転ドライバーさんは、どこかに電話をかけた後、土手の斜面にうつ伏せになりイビキをかきながら寝てしまいました。対向車・歩行者がいなくて幸いでした。彼自身も大事にならなくよかったです。

殺されたくないです。
今年も大変お世話になりました。結果を出せなかったことは残念に思います。来年こそは、心身ともに美しいまちづくりを。表っ面だけではなく。

ありがとうございました。

Saturday, December 30, 2017

【2017.12.30】孤高のゴミ拾い: 23,991 km/14,907 mi

何かが入っている大きいバッグが投棄されていると、「何が入っているんだろう・・・」と怖いのですよ。今回は、怖いものではなく廃棄品の悪質な投棄でした。
 いつまでたっても改善する傾向はなく・・・。
ゴミ拾い道中、河川の管理を30年していたという方(現場OB)にお会いし、ゴミ回収などの苦労話をお聞きします。

改善されるかということについて「無理でしょうね」とおっしゃっていました。

Friday, December 29, 2017

【2017.12.29】孤高のゴミ拾い: 23,976 km/14,898 mi

雨が降らず川の水量が減少したので、川の中洲に下りてみました。
日記名「塩飴爺さん」にお会いし、今日も塩飴を頂戴しました。随分ご無沙汰でした。私が少し時間を早めたからだと思っていたのですが、自転車で転倒し頭を打ちしばらく悪かったのだそうです。いつも「危なっかしいなぁ」とは思っていたのですが。特に歩道の段差部分です。人生の大先輩に対して生意気にちょっとだけ注意させて頂きました。

年末の挨拶をすると、「来年生きちょったらまた会おうな」とヨロヨロ走行で去って行かれました。「来年生きちょったらまた会おうな」は、「アラ90歳」の方の定番挨拶なのでしょうか。ここ数日で何度か。

来年も会えたら嬉しいです。

Tuesday, December 26, 2017

【2017.12.26】孤高のゴミ拾い: 23,931 km/14,870 mi

 ゴミ拾い道中で大根をたくさん頂戴しました。大根おろしは飲み物です。(スムージー感覚で)いつもありがとうございます。

Sunday, December 24, 2017

【2017.12.24】孤高のゴミ拾い: 23,901 km/14,851 mi

高校駅伝に間に合うよう早足のゴミ拾いとなりました。

若い子たちが頑張っている姿を見ると、日々のゴミ拾いにも気合が入るというものです。明日も頑張って拾います。

Saturday, December 23, 2017

【2017.12.23】孤高のゴミ拾い: 23,886 km/14,842 mi

ワケありの不動産バイト

「歩いてばかりでなく、たまにはドライブでも」と不動産業を営む知人に誘われました。彼と彼のご家族の近況を聞きながら、早送りのスライドショーのように流れる車窓からの景色を眺め「やっぱ車は速いわ」と歩人は呟いたのです。

「昼飯まだでしょ。その前にちょっと寄っていいですか?」と云い、最初から決まっていたであろう目的地に向かって20分ほど走り続けました。

彼が管理している物件に到着し、3階の空室になっている角部屋に入りました。オシャレな造りで女性に人気があるのだそうです。彼は台所とバスルームの蛇口をチェックし「行きましょうか」と鍵をしめ微かに首をひねりました。

近くのファミレスに入り彼はコテコテの重たいランチを、ファミレスに行かない私は食べたいものが見つからずフライドポテトを注文しました。

「で、どうしたのですか?」と私が切り出すと、「あ、わかります?」とバツが悪そうに笑みを浮かべ、先程の物件について話し始めたのです。

陽当りもよいオシャレな角部屋なのにその部屋だけはずっと空室になっており、しかしながら、水道メーターは毎月少し動いているというのです。メカニカルな問題はなく、誰か出入りしているのではないかと何度かベテラン女性従業員にチェックに行かせたそうなのですが、その形跡は確認できなかったと。その内、ベテラン女性従業員は気味が悪いと行きたがらなくなり、ウチのが「KAIさん連れて行ったら」と云うので、私をドライブに誘ったという経緯を打ち明けたのです。

なぜ奥様が私を推挙したのかというと、万が一の時に奥宮を登拝している私がお守り代わりになるのではないかと思ったらしいのです。

私には霊感などありませんので、その部屋では何も感じませんでしたが、登拝の経験から『氣』の流れの悪さのようなものは感じました。ワケあり物件ではないとのこと。ワケあり物件に住むお笑い芸人さんの話は知っていますが、私にはそんな度胸はありません。

初秋の頃の話です。

その後、水道メーターは動かなくなり、すぐに入居者が決まったという報告を受け、「また何かありましたら宜しくお願いします」というメッセージ付きのお歳暮が届きました。

こんなバイトもあるもんだ。けど、巻き込まないでね。

Friday, December 22, 2017

西寒多神社・本宮社(大分市)

「やっと貴方に会えた」

登拝を終え西寒多神社を出てしばらくの所でシニア男性に声を掛けて頂きました。

挨拶交換の後、「貴方のお爺さんかお父さんがそういうことをなさっていたのですか?」と尋ねられました。「そういうこと」というのは、奥宮に参り清掃をするという意味です。「夜の二時頃に山に入ります」と答えると大きく体をのけぞらせて驚かれました。

正直なところ、登拝を始めた理由は、私自身もわかっていないのです。

ゴミ拾いを始めて一年が経過した頃、突然の気まぐれでゴミ拾いルートを大きく外れ西寒多神社に足を向けました。それまで西寒多神社に行ったことはありませんでした。
西寒多神社に到着すると、御手水にも拝殿にも寄らずまっすぐに登拝道入口まで進みました。

気になったのです。
本宮山は、ゴミ拾い中にいつも目に入るのですが、隣の霊山ではなく、どちらかと言えばマイナーな本宮山が気になっていたのです。(写真:右手前-霊山/左奥-本宮山)

その後、何度かゴミ拾いルートを外れては登拝道入口に立ち、そして、ある時本宮社を目指し吸い寄せられるように石嶺殿(岩座)の前に立ったのです。

最初から丑三つ時に山に入っていたわけではありません。清掃も岩座と拝殿前をささっと掃く程度でした。徐々に時間が早くなり、清掃の範囲も広がり現在に至ります。

氏子でも関係者でもない私が勝手に清掃などして良いものかと思ったのですが、毎日外界のゴミを拾う反省の多い生き方をしてきた私に、『西寒多の神』が「清められよ」と誘われたのではないかと、漠然とそんな風に考えていました。

それしか理由を思いつきませんでした。
その昔(戦後あたりの頃ですが)、西寒多神社には「お民さん」(故人)という女性が祈祷の修行をしていました。夢の中で「西寒多で修行するように」というお告げがあり、修行後は大分市横瀬にて修行で得たチカラをもって悩み人の相談にのっておられました。古い方達にお聞きすればご存知の方も多いです。

数十年前の話なのですが、私の祖母が母の運転でお民さんを訪ね、何かしらの相談事をしたらしいのです。その時、お民さんが祖母に「貴女の身近な人とご縁がある」とおっしゃったのだと。一言一句正確ではないですが、そのような内容のことをおっしゃったと。 その時は何のことかわからず、祖母も母もそのことは記憶から消えてしまっていたのですが、祖母が亡くなる一年前から私が突然西寒多神社の奥宮に登拝をするようになったことで母はお民さんの言葉を思い出したらしいのです。そのことについては、ずっと私に言いませんでした。私も母も現実主義者的に考える性質ですので、目に見えないチカラについては真向否定ではないものの、特に深くも考えずというスタイルなのです。

祖母が亡くなりしばらくしてから母がお民さんのことを私に話してくれましたが、私は誰かにお民さんのことを聞くことはしませんでした。現実主義の私にとっては聞きづらいという気持ちがあったのかもしれません。


西寒多神社の境内を半世紀以上毎朝のように清掃されているTさんという方がおられ、西寒多神社について色々教えて頂いています。Tさんと顔見知りになり雑談をするようになったので、あるタイミングで「お民さんという女性をご存知ですか?」と質問してみたところ、驚いた顔をされ「KAIさんは、お民さんを知っちょるんかい?こりゃたまげた。久しぶりにお民さんの名前を聞いたなぁ。もうお民さんを知っているのは、この辺りでは私だけですよ」と、お民さんとの思い出話を聞かせてくれました。七十過ぎのTさんがまだ子供の頃の話です。十年くらい西寒多神社で修行なさったとても優しい女性だったそうです。

私がなぜお民さんのことを知っていたのかを話すと、しばらく黙って何か考え事を。Tさんは、全く違うことで祖母をご存じだったようで、「その娘が母で、私が孫です」と云うと「なにえ!」と更に驚かれました。

ご縁なのでしょうか。繋がりというものなのでしょうか。
そもそも、私はゴミ拾いだけではなく、夜中に起きて西寒多神社まで歩いて行き、真っ暗な登拝道を上がり、奥宮を掃き清めるようなことをする人間ではなかったのです。両親もです。しかしながら、ゴミ拾いも登拝も自分のマスターベーションだけで続けられているとも思えず。

私は、現在もなお特別な信仰を持っていませんが、岩座を前にして『西寒多の神』と繋がる瞬間を待つ自分がいますし、奥宮を掃き清めながら『西寒多の神』と会話をしている自分もいます。

清掃を終え磐座の前で手を合わせます。「百度登拝を続けることができたら何か一つお願いごとを」と思っていましたが、途中からそんなことはどうでもよくなりました。いつも通りに磐座の前で手を合わせることができたことに感謝するだけです。

百度を過ぎてからは、山の呼吸、山の住人たちの気配、木々の囁きを感じることができるようになってきました。外界のコンクリートの人間道を歩くより温かみを感じる丑三つ時の神体山登拝道です。

非日常の集中力・緊張感・アドレナリン全開ですので、イロイロと不思議なことにも遭遇します。真っ暗な登拝道を電灯をつけずに普通に上がれるのは、恐らく私だけではないでしょうか。

『西寒多の神』のご実家が本宮山の岩座なのです。

本殿・拝殿は建て替えられ、植林された本宮山は、見た目には神々しさを感じることは難しいのかもしれませんが、「心」で感じることはできます。私がそうでしたから。神社の方々、氏子さん達が千六百年守り続けているのです。岩座は、恐らく紀元前からこの地に住む民に崇められていたのではないでしょうか。

本宮社の氏子さんにお会いしたことはないのですが、小さな集落で高齢化が進んでいるのでは。山の上にある本宮社には車で行けるものの、管理するのは大変なことです。

「心」を繋いでいかなければ。
「私は長いこと生きちょんけど、貴方みたいな人は初めてなんですよ」と、声を掛けて下さったシニア男性が手を差し出しました。「貴方みたいな人」とは、特別な修行をしているわけでもない一般の人が、真夜中に遠くから歩いてきて奥宮に上がり清掃をするという意味です。

以前私のことが書かれた新聞記事を読み、友達から私の話を聞き、数年ぶりに奥宮に参りキレイに清掃されている本宮社を見て感動し、私に一言礼を云う機会を待っていたのだと、何度も頭を下げてくれました。


人様から見れば奇妙に映る行為なのかもしれませんが、私は深く考えず感じるままに続けています。夜中に続けるのは、日本の神様が夜行性であること、掃き清めている姿を(なるべく)人様に見られないようにすることからです。

冬至【2017.12.22】孤高の登拝178度目(Going-to-the-God Trail)

【2017.12.22】孤高のゴミ拾い(西寒多神社・奥宮ルート編): 23,871 km/14,833 mi

Thursday, December 21, 2017

【2017.12.21】孤高のゴミ拾い: 24,595 km/15,283 mi

大分の先人、北朝鮮に行く

先日、大分県立図書館・先哲資料館で大正九年に発行された「大分縣人の東洋」という本を流し読みしました。

旧仮名遣い、右から読み(横書き部分)で苦労します。

「大友宗麟公が世界への扉を開き、福沢諭吉先生が西洋に渡ったこの大分県が、分藩の夢未だ冷めず。東洋で活躍する大分懸人を訪ね、それを伝えるのだ」というコンセプトで旅立った記録本です。著者の強い意気込みが伝わる文力。

①朝鮮視察
②満州視察
③志那視察

に分類されており、私が一番興味深く読んだのは平壌(ピョンヤン)での話。

内容は省略しますが、筆者は平壌を「美しい町である」と記していました。

本によると、当時の平壌の人口は、56,410人(13,054戸)。

内地人: 11,245(3,055戸)
朝鮮人: 44,912(9,827戸)
外国人: 679(172戸)

こういう先哲系本をわかりやすく工夫して特集する何かがあってもいいのではないかなと思っています。

Wednesday, December 20, 2017

【2017.12.20】孤高のゴミ拾い(西寒多神社ルート編): 24,580 km/15,273 mi

御手水は冷たく指が切れそうでした。
 西寒多神社の清掃は、1.5時間くらいです。奥宮は3-4時間。
 西寒多神社が正月の準備を始めるということなので、今年の清掃活動は今朝で終わりです。いつも清掃されている方に挨拶を済ませました。山の上の奥宮の清掃は、天候次第ですが年内にあと2回を予定。

Tuesday, December 19, 2017

【2017.12.19】孤高のゴミ拾い: 24,565 km/15,264 mi

今日から新しい台風の爪痕に取り掛かりました。まずは、歩けるのか否か足場を確認。奥の方は、どこまでが地面なのかわからないので川に落ちないよう注意が必要です。

Monday, December 18, 2017

【2017.12.18】孤高のゴミ拾い(西寒多神社ルート編): 24,550 km/12,255 mi

夜明け前に西寒多神社に到着するよう出立。

いつも清掃されているTさんともうひと方と一緒に掃き清めました。
西寒多神社の凛とした空気が好きです。その空気を守るために「心」を込めて掃き清めなければなりません。その「心」は、必ず参拝者に伝わるものだと信じています。奥宮を掃き清め、後に参拝された方に「貴方の心が伝わった」と声を掛けて頂きました。
 次は、水曜日の朝に。

万年筆のノート術

知人がプレゼントしてくれた原稿用紙。 かなり前に製造中止になったKOKUYOさんの万年筆専用ノート(手帳サイズ/ノ-CH2U)のストックが、あと1冊になってしまいました。 KOKUYOさんの 書翰箋(ヒ-211)は、万年筆用のメモ帳としては、自分の中では最高クラ...