Tuesday, May 31, 2016

小指のコレさん

「男はコレやからな」と、小指を立ててニヤリと笑った。

ゴミ拾い道中、久しぶりにお会いした人生の大先輩である。

話の流れから「家庭はあるんかい?」と問われ、「未婚です」と答えると、「男好きには見えんけどもコレはどうしよんのかい?」と、小指を立てた。

「ゴミ拾っててモテることはないですよ」と、ニヤリ返しをすると、人生の大先輩は自らのコレを語り始めた。

「わしは70を過ぎちょるが、コレおるけんな。結婚してからコレをきらしたことがねぇ。2-3人同時におったこともある。お母さんは大事にせんといけんけど、男はコレやで!男はそれで決まるんや!」

と、何度も小指を立てニヤリ。

「はい」「さようで」と合いの手を入れながら「コレ」の話を拝聴した。

どなたかから自分が海の向こうで暮らしていたことを聞いていた大先輩は、「港港にコレがおるんやな」と、小指を立ててニヤリ。

以前、この辺りのコミュニティに「あの人には、金髪の嫁がおる」という都市伝説があったことを思い出した。

「そんなコレがいたら、こんな所でゴミなんで拾ってないですよ」と、苦ニヤリ。

「ゴミばっかり拾っちょらんで、コレも拾わな」と、小指を立ててニヤリ。

久しぶりにニヤリしすぎて、顔の調子がいつも以上に悪い。

本日より彼の日記名を「小指のコレ」さんとする。

焼身【2016.5.31】孤高のゴミ拾い: 17,951km/11,154mi

3年前の5月30日、ゴミ拾い道中で焼身自殺がありました。
その日の朝、まさにそのピンポイントのゴミを拾い、翌日に焼身自殺のニュースと現場を見て少なからずショックを受けました。

ゴミの多い場所では、人間だけではなく動物たちも多く命を落とします。

交通事故・自殺、殺人事件もありました。

もしゴミひとつなくキレイな場所だったら、自殺はなかったかも・・・

そう思わなくもないです。

どこのどなたかも、どのようなご事情だったのかも知りませんが、自殺があってしばらくして花束が置かれ、「弔ってくれる人がいてよかった」と。

自殺があってしばらくはゴミが少なくなりましたが、1ヵ月もするとゴミが捨てられるようになり、それから毎日ゴミは捨てられ、今日もまた。
コミュニティの人達は、気味が悪く恐いので現場周辺のゴミを拾いたくないということでしたので、「自分がやります」と拾い続けています。

現場は3年経過してもまだ黒ずみは消えず、知ってか知らずか、ある人の最期の場所にゴミを投げ捨てていきます。
知ってか知らずか、先人のお墓やお地蔵様にゴミを投げ捨てていきます。

山や川にも日々ゴミを捨てます。

田や畑にも日々ゴミを捨てます。

人様の家の前にも日々ゴミを捨てます。

「知ったこっちゃない」ということなのかもしれませんが、無慈悲な老若男女が多い大分市です。

おあいにくさま・・・所詮他人事なんだよ、トト
(「オズの魔法使い」の科白を借用)
「40歳を過ぎたら、1日に1回は死について考えた方がいい」と言った詩人がいました。

私には、日々のゴミ拾い・登拝道中に考える時間があります。

皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

Monday, May 30, 2016

蛍の光【皐月30日】孤高の登拝116度目(Going-to-the-God Trail)

丑から虎の刻に変わる頃、西寒多神社に到着した。神社沿いを流れる禊川(寒田川)は、週末の雨で増水し、いつもより大きな禊の流れる音だけが漆黒の闇より聞こえてくる。

暗闇に1点の光が。立ち止まって光の方向を見ると、その光は突然数を増やし、宙を舞い始めた。

あ、ほたる・・・

先週は「アサギマダラ」、今週は「ほたる」に巡り合えた。
自宅周辺では雨は上がっていたが、西寒多神社は霧雨、登拝道に入ると雨になり、五合目を過ぎたあたりから霧が深くなり、LEDライトの光も遮られ足元しか見えない状態となり、山はいつまでも暗く静かなままだった。

朝が来ないうちに奥宮に到達し、拝殿の前を掃きながら明るくなるのを待ち、いつも通り入口道から掃き清める。しかしながら、奥宮内には積雨で水がたまり、雨も強くなってきたことで宮内の清掃はお休みとさせていただいた。石嶺殿(磐座)前は、いつも以上に丁寧に。
霧に包まれた夜明けの奥宮は、人によってはおどろおどろしく感じてしまうこともあると思うが、実に幻想的で神々しくもあり、私はこの瞬間との一期一会のために登拝を繰り返しているのだ。
写真では明るく見えるが、実際はかなり暗い。
下の写真(過去の登拝より)の状態がベストなのだが、これくらいになると奥宮は外界と隔絶され鳥も鳴かず無音状態となり、何かふわ~っと出てきそうで、確かにおどろおどろしくなる。
雨粒の重さで紅葉が枝垂れてしまい地面につきそうになっていた。
薄暗い奥宮で何かが動いた。ぴょんぴょんと動いた。近づいてみると、大きなカエルが数匹、奥宮を横切っていた。明るくなり、山の住人たちの足跡と糞が残されていたことに気付く。

多くの人間が奥宮を訪れると、奥宮に人間の香(気配)が残る。人間の香が残る時には、山の住人たちは奥宮に姿を見せることはない。夜明けの登拝を116度もやっていると、入口道を下り鳥居の前に立つと人間の香を感じることができるようになる。

暗闇の入口道を下りてくると、奥宮で何者かが逃げる音が聞こえる時がある。「山の住人たちの領域(時間)を犯してはいけない」と、以来、8合目展望台で時間調整をしてから奥宮に向かうことにしている。今朝のようにタイミングを見誤ると、彼らを慌てさせてしまうことになるのだ。

西寒多の神のご実家である「石嶺殿」は、全てをご存じである。
振り返りの景色。
8合目まで下りてくると陽が射し、下界が見えるようになってきた。上りは、目前に写る手前の木さえ見ることはできなかった。
酸素の濃い西寒多山(本宮山)の朝。
今朝は参拝者がいなかったので、先ほどまで奥宮におられた西寒多の神がお休みになっている神殿を、しばし間見つめていた。

こんな記事があった。

中年男性の7割が「人生つまらない」…「普通の人生」に潰され、家族のためにひたすら働く [article]

今まで歩いてこなかった、または避けていた道を歩いてみてはいかがか。

私事で言えば、「孤高の登拝」「孤高のゴミ拾い」のような。

登拝とゴミ拾いで言えば、お金は掛からず、強い気持ちと体力さえあれば歩ける道なのである。

なぜ強い気持ちが持てないのかについて探求するもよし、泥水の中に自ら手を入れるというのがどういうことなのかを体験するもよし。

安倍首相がサミットに伊勢神宮を選んだことに対して、国内外で様々な意見があり、海の向こうの知人からもその意味について問われた。

特別な信仰心を持たない私の持論である。

「神道」を宗教として認識したことはなく、「茶道」「華道」「武道」「剣道」「弓道」など同じひとつの道であり、国の成り立ちや日本人としてのあり方の道標であると。

私にとっての登拝は、「道」を歩くことにある。ゴミ拾いも同様であり、ボランティア活動をしている自覚はなく、だからこそ長続きしているし、17,936kmを拾えるのだと。

日本人が、日本人らしく生きると楽になり、感謝の気持ちから人や動物・自然に優しくできるようになるのではないかなと。

宗教的・イデオロギー的なことは私には難しく論じることはできないが、海の向こうの知人たちにそう説明すると理解をしてくれる。

体力が衰えると気持ちも前に向かなくなるのもので、自分の生き方に迷いがあるのなら、まず一歩踏み出すところから始め、新しい道を自ら拓き、道を間違えたら間違えた地点まで戻り、試行錯誤を繰り返しながら歩くのもまた楽しいもので。

少し止まりながらというのが、歩くことの良いところ。

【2016.5.30】孤高のゴミ拾い(西寒多神社・奥宮ルート編): 17,936km/11,145mi

雨の週末で山に入った人も少なく、登拝道のゴミは煙草の吸殻と麓付近にちょっとだけでした。谷の斜面で見かけたゴミは、足元が滑りやすく危険だったため拾えず来週以降に。

下界はいつも通りでした。
皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

Saturday, May 28, 2016

西寒多の朝

真っ暗な西寒多山(本宮山)は、静寂に包まれているとはいえ、木々が語り合う声や葉音や何かしらが動く音が聞こえたりするものなのだが、すべての音がブラックホールに飲み込まれるように聞こえなくなる瞬間がある。

夜に活動する山の住人と早起きの住人がシンクロするほんの一瞬だ。

それを感じるためには、いくつもの季節を越えて暗い山に入りシンクロしなければならないのだが、この季節から夏にかけては目に見ることができる。

雲霧帯に属する西寒多山に露が降る時間帯にその瞬間が訪れる。
この季節、4:00に山に入ると足は濡れず、5:00に入ると濡れるのだ。

露が山に降り始める前に夜の住人たちは急ぎ足で家路につき、入れ替わるように鳥たちが目覚め唄い始める。

コンクリートやアスファルトなど生のないものに露はつかないが、西寒多山の中では、岩や石さえも呼吸をし生が宿っていることを知ることができるのである。

大分市の本宮山は、西寒多の神の神体山であり、八百万の神が宿るのだ。

Friday, May 27, 2016

アリの行列【2016.5.27】孤高のゴミ拾い: 17,924km/11,137mi

大分川の土手の天端道で1kmくらい続くアリの大行進を見ました(赤ライン)。アリの行列が渋滞しないのは、皆が規則正しく同じスピードで歩いているからなのです。人間にはそれができません。
それにしても、皆どこに向かっていたのでしょう?大移動しなければならない彼らの事情とは?

ゴミを拾う時、顔が地面に近づくのでイロイロなことに気付きます。ちっこい子供ちゃんやワンちゃん達にとっては、空き缶一つもかなり大きく見えるものであるということにも。毎日拾っていると、昨日あった小石がなくなっていることに気付くこともあります。
雨で2日間ゴミ拾いができなかったので、その分ゴミが散乱していました。今日1日では拾いきれず。
アルコール飲料の車中からのポイ捨てが、昨年同時期より多いように感じています。
「大分トリニータ」さんのゴミも相変わらずで・・・勝敗にリンクしているのかな?
瓦礫を捨てていく人も。川沿いには、少量ながらどこかの業者が投棄していったであろう瓦礫やゴミが多いのです。
皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

Thursday, May 26, 2016

ズルい

先日、婦女暴行で逮捕された東大法学部の1人が、「計画性や悪意があったわけではないが、罪になるなら仕方がない」と、取り調べで話したという。

実に舛添都知事っぽい言い草であるが、今の世の中、同じような考え方の日本人が増えているではないかしら?

特に頭の良い人たち、なにかしらの権力を手に入れた人たちの中では、我々が考える以上にごく普通のことなのかもしれない。

この大分の町でも多く見かけるし、話にも聞く。

不遜な人が多いから標語だらけの町となり、正直者がバカをみる町となるのである。

果たして私は大丈夫か?

自省と自戒。

Tuesday, May 24, 2016

大分県(別府・湯布院)の風評被害マーケティングについて

自ら「おんせん県」と名乗っていますので、震災があった場合などは、功罪の「罪」の部分が出てしまいます。

昨年、JRグループと県内の官民が連携して誘客に取り組んだ「おんせん県おおいたデスティネーションキャンペーン」の経済効果が130億円。大分県によると、大型連休中の主な観光施設の入場者数は前年比53%減。日銀大分支店は、4~12月の県内観光消費額を前年比116億円減と試算しています。観光以外の被害まで加えると、昨年の経済効果は、すっとんでしまったという恐ろしいことに。

パニック映画では、地震・火山・サメなどの「今そこにある危機」を唱える専門家と、「経済効果」「活性化」最優先の人達との間でバトルがあり、マジョリティである「経済効果」「活性化」チームが押し切ってしまいます。

その後で悲劇が起こるというお決まりのシナリオなのですが、津波や地震の自然破壊からテロやら核ミサイルまで、実際に起こってしまう今日なのです。

悲劇が起こってから「どうしたものか・・・」と、考えるのでは風評被害対策マーケティングは遅いわけでして、起こった瞬間から動けるように、そのためには起こる前、常日頃から種まきをしておかなければならないのですが、映画同様に「あるかないかわからんことに付き合ってられない」ということになってしまいます。東北の津波から5年という時間があったのですが、残念な結果になってしまいました。

後手に回れば「もう大丈夫。来てください。」と宣伝することくらいしかできず、そして時間が経てばまた忘れられてしまいます。それが、人間の性でもあるのですが。自治体は、人命第一、被災者救済、インフラ復興優先で常日頃から研究し対策を講じてくれますが、ビジネス的なことまでは手が回らないのではないでしょうか。ビジネスマンでもありませんし。

実際、「湯布院大丈夫?」と聞かれると、山の中の盆地なので道路が崩壊してしまえば、観光客は湯布院に閉じ込められてしまうわけですよね。
私は外国で自然災害(地震・トルネードなど)やテロの経験がありますので、渡航先によってはかなりリスクについて考えます。例えば、有事が起こった時に飛び込める大使館・領事館の場所・連絡先を把握しておくとか。外国の地方で足止めされることは特に回避したいので、逆に考えた場合、やはり湯布院は避けると思います。

いつ起こるかわかりませんので「もう大丈夫。来てください。」ではなく、起こった時に観光客に対して何ができるのかについて考え、旅行客に知ってもらわなければなりません。「大丈夫。安全です。」をアピールしすぎると、後々大変な問題を引き起こしてしまう可能性があることは、皆さんもよくご理解されていると。

先日の湯布院での地震の後、コミュニティのシニアの方に「昭和40年代の地震で狭間あたりでもやられてなぁ。旅館がぺっちゃんこ潰れたんじゃわ。あっこら辺の地盤は弱いんあかなぁ・・・」という話してくれました。

ネットで調べてみると、昭和50年4月21日に発生した「大分県中部地震」のことではないかと。

調査報告書によると

21日02時35分の本震の各要素は次のとおりである.
震源時:1975年 4月21日02時35分51.0秒 (±0.2秒)
震源地:大分県中部
    北緯 330 08' (± l')
             東経 1310 20' (± 1')
             深さ  00km
規模: M=6.4 

大分県内の 5か町(圧内町,湯布院町,九重町,直入号町,野津原町〉内ではこの地震により,建物の倒壊,道路の決壊,山崩れ,墓石の転倒などかなりの被害を生じた.とくに,震源地に近い内山地区では被害が最も大きく,ほとんどの住家が全半壊し,部落に通ずる道路も数か所にわたって決壊したため,交通が途絶し一時孤立状態におちいった. (原文のまま)
また違うシニアの方が、「先日、狭間の知人から墓が倒れたと連絡があり、起こすのを手伝ってきた。結構倒れていて驚いた。」とおっしゃっていました。

狭間~庄内の辺りの地盤が弱ければ、国道210号線は、かなり大分市側から使えないということになってしまいます。

南海トラフのデータも今日のニュースでやっていました。今回の地震の経験を糧に、パニック映画のようにならないよう、頭の良い人たちに叡智を絞っていただきたいと思います。

ノアも洪水の前に舟を作っていたのですから。


アメリカも様々な「今そこにある危機」が存在します。

サンアンドレアス断層(サンアンドレアスだんそう、San Andreas Fault)は、アメリカ合衆国太平洋岸のカリフォルニア州南部から西部にかけて約800マイル(約1,300km)にわたって続く巨大な断層である。断層の活動によって周辺地域は地震の多発地帯となっている。(Wikiより)
カリフォルニア州で今後30年以内に発生すると地震の確率
M6.7: 99%
M7.0: 64%
M7.5: 46%
M8.0: 4%

サンアンドレアス断層の映画が去年上映されました。
地震だけでなく、温暖化による海面上昇でサンフランシスコ・ベイエリアのウォーターフロントも沈んでしまいます。そんなに遠い未来の話ではありません。フィッシャーマンズワーフもなくなってしまうでしょう。
香港もね。
「2017年中にアメカで最初に消滅するであろう町・Newtok, Alaska」です。人口: 350人。

オバマ大統領が広島を訪問し、核廃絶について語ってくださると。もし大分市中心部(JR大分駅上空600m)で原爆が爆発した場合の被害範囲について、アメリカのデータをもとに作成してみました。考えるだけでも恐ろしいですが。

爆発半径: 180m (0.1㎢)
空気爆発半径(20 psi): 340m (0.36㎢)
放射線半径:  1.2km (4.51㎢)
空気爆発半径(5 psi): 1.67km (8.78㎢)
熱放射線半径(3度熱傷):  1.91km (11.4㎢)
私は気が小さいので「別府・湯布院で温泉が出なくなったらどうするんだろう?」などと考えてしまうと、夜も眠れません。温泉以外でやっていけるバックアップ産業があるのかなと。「大分の海で魚が獲れなくなったらどうするのだろう?」「中津や宇佐が鳥インフルにやられたら?」とか、常に危機管理(ビジネス的な)のことで頭がいっぱいです。なんのお役にも立てませんが。

危機管理は、皆がやりたがらない事をやらなければならない時があります。

日々の「孤高のゴミ拾い」もそういう意味と思いがあって続けているのですが、やはり皆さんどうしようもなくなってからでないと動いてくれませんし、本気になってもくれません。しかしながら、ゴミを拾うことくらいは私にもできますから。

別府・湯布院に元気がないと大分に元気が出ないので、夏に向けて立て直しレースに復帰しなければなりません。

けど、「今そこにある危機」だらけですね。

【2017.6.22】孤高のゴミ拾い: 22,497 km/13,979 mi

人ってあんなに不遜になれるものかしら? あんな不遜な人が政治家先生なんかになれるものなのかしら? 政治、オリンピック、築地のことから日々の事件や何から何まで、 日本ってこんなにできない国でしたかね? 政治家先生にモラルを求められない現状、人間の性根の...