Wednesday, November 4, 2015

スラム化進行中の大分市 ②

ちょっと、前に「中国のゴミ問題と何ら変わりない」というような事を書きました。最近、ゴミ拾い中「日本も中国と変わらんな・・・落ちたものだ」と人生の先輩方に言われます。建築偽造の件があってから特に言われます。

中国は、今までそういう教育がなく、これから先進国のようなマナーを兼ね備えた国としての教育が行われていくと思う(多分)のですが、日本はできていたことができなくなってしまったので、日本の方が深刻ではないかと思っています。

自分は外国で長く暮らしていました。この写真のような惨状を見て「スラム街と一緒じゃないか・・・」と感じ、「これはいかん」とゴミ拾いを始めました。「誰かがやらなければならないこと」で、「誰もやらないのなら、自分が泥水・ヘドロの中に手を突っ込みましょう」と。理由は他にもいくつかりますが、このブログで何度も書いていますので、ここでは省略します。

「机の下のゴミ」は、自分がゴミ拾いを止めてしまうと、あっという間に元の姿に戻ってしまいます。自分が、これから先ずっと続けることができるということでもありません。

何とかしなければ・・・という気持ちはあるのですが、今の自分にできることは、1日24時間のうちの4時間(準備含む)をこの町のために使うことくらいです。

結果も出せず、無力な自分を情けなく思っています。

この大分の地は、先祖から受け継いだものではなく子孫からの預りものだと思っています。

この大分の地が、心身ともにキレイな町でありますように。
美徳(excellence)は、訓練と習慣の賜物である。

我々は、あらかじめの美徳が具わっていたり、卓越した能力があるからこそ正しい行動ができるのではなく、正しい行動をするからこそ、美徳や卓越した能力が得られるのである。

我々が何であるかは、我々が繰り返し何を行ったかによって決まるのである。

それゆえ、美徳は行いではなく、習慣なのである。

~アリストテレス~

万年筆のノート術

知人がプレゼントしてくれた原稿用紙。 かなり前に製造中止になったKOKUYOさんの万年筆専用ノート(手帳サイズ/ノ-CH2U)のストックが、あと1冊になってしまいました。 KOKUYOさんの 書翰箋(ヒ-211)は、万年筆用のメモ帳としては、自分の中では最高クラ...