Tuesday, March 10, 2015

大分の絶対的マイノリティはどこに向かうのか?

西寒多山(本宮山)の奥宮に鎮座する磐座(石峰殿)『大分のメサ・ヴェルデ』と自分は認識している。大分の人達もあまり知らない、大分の隠れたパワー・スポットの話だ。

ところで、「メサ・ヴェルデ(Mesa Verde)」というコロラド州に存在する遺跡は、ご存じだろうか?まずは、その説明から。

この地に住んでいた約250人の民は、日々の生活のにおいを残したまま、ある時忽然と姿を消してしまった。現代で言うと、テレビは付けっぱなし、洗濯物は干したまま、250人が神隠しにあったというようなことである。

時は、13世紀後半、ヨーロッパではオスマン帝国が成立し、日本の幕府が鎌倉に置かれていた頃のアメリカの世界遺産『メサ・ヴェルデ(Mesa Verde)』での話だ。

ナバホ語で「古代の人々」という意味のアナサジは、紀元前数世紀に北米大陸南西部に定住し、独特の文化を築き始めた。アナサジの更なる古代の人々は、それよりもはるか昔、マンモスを追いかけてユーラシアからやってきた。洞穴に住居を構えていたが、その後、高度な建築技術を身に付け、土塀レンガで2、3階建ての家を作るようになり、その建造物は今でもしっかりとこのエリアに点在している。平均寿命は、30代前半だったということだ。

約2000年もの間、この地に生活し続けたアナサジは、1300年頃全てを捨てて姿を消すこととなる。学者による調査では、木の年輪などから1275年から1299年に南西部で大干ばつが続いたことが明らかにされているが、彼らが消えた原因は、未だもって不明である。文化・宗教・言語の研究から、現在アリゾナ・ニューメキシコ州に住むプエブロ・インディアンが、アナサジの子孫であると考えられている。

中国の『宋史天文志』、藤原定家の『明月記』などに記されている6500光年離れた場所で発生したカニ星雲爆発を、アナサジはニューメキシコ州の壁画に記録している。藤原定家については、実際に観測したわけではなく、陰陽師の口伝によるものだということだ。(爆発は『明月記』が書かれる100年前の1054年7月4日頃)

6世紀から7世紀にかけて、コロラド州・ユタ州・アリゾナ州・ニューメキシコ州の境界線が1点で交わる『フォー・コーナーズ・ポイント(以後、4C)』の周辺に移り住むアナサジがいた。
全米で4つの州が1点で交わるポイントは、ここだけである。周辺はスピリチュアル・エリアとしても有名で、鈴木光司さん著の『ループ』の中で、『リング』『らせん』でおなじみの主人公・貞子さんもこの地にやってくることとなる。
鈴木光司著。「リング」シリーズ 第3部。全人類がガン化される時、男はバイクでアメリカの大地に乗り出した・・・・・。全ての答えはここにある。(帯より)

 『ループ』では、「地質学的に見て、等高線の様子からある1点の重力が極めて小さくなっている場所がある。地下が巨大な空洞になっていれば、極端な重力異常の説明が容易につく」とある。そこには長寿の村が存在して、荒涼たる砂漠や渓谷に住居を定め、太古(アナサジの時代)から変わらぬ生活をする部族(ナバホ)がいる。

その1点というのが『4C』のことである。ニューメキシコ州・サンタフェ周辺で『ループ』と呼ばれる人工生命プロジェクの研究が行われているらしい。ネイティブ・アメリカンのミステリアスな民話を、ホラーではなくSF小説らしく解釈しストーリー展開している。

主人公が、バイク(600ccのオフロードバイク『XLR』)をLAまで空輸。LAからインターステート40号線をひたすらアルバカーキーに向けて東にぶっ飛ばす。憧れのアメリカでテンションが上がり、翌朝まで出発を待つことができず、22:00くらいにLAを出発し、深夜の単調なモハーベ砂漠を夜通し走り続ける。LAから6時間、メーターが300マイルを超えたところで早い朝食をとり、その後更に3時間走り続け、昼過ぎモーテルにチェックインしたとある。ここまでの道中で9時間ほどかかり、更にもう9時間走れば、アルバカーキに辿り着くと書かれてあることから、朝食を食べたのはアリゾナ州のキングマン、モーテルはフラッグスタッフ辺りであるということが推測される。翌日、更に東に進みアルバカーキへ。この辺りを夏場の日中にバイクで走ると体が焦げ体力を消耗する。アルバカーキで進路を北へとりサンタフェへ。そこから州道に折れロスアラモスに。(青ルート)
ここから先は、曖昧である。主人公は、無謀にも徒歩で深いロッキー山脈に入ったのだが、デジャブのように、以前ここに来たことのあるような錯覚に陥るのである。そして、「古き者」を探すために深い山中に足を踏み入れた。この先、ヴァーチャルなネイティブが水先案内人として主人公をどこかに導くのだが、結局、主人公はこの辺りで目的を果たしたようで『4C』には行っていない。(青囲みエリアと予測)

「(略) 96年の秋、角川書店の堀内と、2週間に及ぶアメリカ取材旅行に出かけた。物語の舞台をアメリカの砂漠地帯にしようと漠然と決めていたからである。レンタカーを借り、目的地を定めず、行き当たりばったりでアリゾナやユタの砂漠地帯を5000キロほど走り回ってきたのだが、その途中で立ち寄ったキャニオンランドの風景には圧倒された。地球とも思えない、水の浸食によって深く刻まれた大地を眺めるうち、想像力はかき立てられ、書けるかもしれないという思いがふつふつと湧きあがってきた。ふと渓谷の縁に立ち、はるか下の谷底を見下ろすと、『ループ』と名付けられた蛇行した川の流れがあった」(あとがき)

一方、異次元の入口を探す自分は、貞子さん達に負けじと「デンバー・ルート(1度目)」と「ラスベガス・ルート(2-3度目)」(赤ルート)の両方向からメサ・ヴェルデを目指した。「ラスベガス・ルート」は、フーバーダムを通過し、キングマンからルート66に入り、グランドキャニオンを抜け『4C』を目指す。4度目は、是非「ループ・ルート」でMesa Verdeを目指したいと思っている。時間がない方は、飛行機で最寄のデュランゴに入るのがいいだろう。

緑(ヴェルデ)の台地(メサ)という意味のスペイン語であり、面積は81.4mi² (211km²) 、入口は コルテスの東約9マイル (15km) に位置している。ビジターズセンター は、入口から15マイル (24km) 先にあり、最も有名なチップインメサは、ビジターズセンターを通りすぎ、更に6マイル (10km) 奥だ。国立公園であり、1978年には、アメリカ唯一の建造物として世界遺産に登録された。

メサ・ヴェルデ遺跡の存在は、1874年には知られていたが、地元住民の間では「気味の悪い場所だから近づくな」と言い伝えれていた。1888年、牧場主リチャード・ウェザーリルが飼っている牛がこの辺りの谷に迷い込み、谷奥深くまで牛を探しに入り込んだところ『クリフ・パレス』を発見。以後、本格的な考古学的調査が始まるキッカケとなった。メサ(台地)の上からは住居群が見えないため、長い間発見されなかったということだ。

メサヴェルデに近づいてくると砦のような大きな岩が見えてくる。この麓に入口があり、ここから遺跡までが26kmだ。来るものを拒むかのような砦。なかなか簡単には「異次元の入口」に辿り着くことはできない。
この上から誰かに見張られているような、不思議な雰囲気を醸し出す岩山であり、「いよいよ来たな」と高揚感と緊張感を抱かせる。「メサヴェルデの番人」はきっとこの岩山の上から下界を見下ろしていたに違いない。

『クリフ・パレス』とは、岩窟住居による公園内最大の集落遺跡のことである。200室ほどあり、一番高いところの高さは、現代の4階建て相当にもなる。クリフ・パレス、ロング・ハウスなど主要な遺跡コンプレックスへの立入りは、公園レンジャーの引率によるツアー(有料)のみで許され、シーズン中は混雑するので朝一番にビジター・センターで申し込む必要がある。
夏は強い日射しを遮り、冬は下から吹き上げる冷たい風を避ける構造になっている。また、メサ(台地)に染み込んだ水が天井から滴り落ち、それを貯水するような工夫がなされ、豊富なミネラル飲料水を確保できた。建築技術・古代の英知を様々場所で見せ付けられる。
キヴァ(Kiva)と呼ばれる礼拝堂があり、そこに自分が探し求めた「異次元の入口」が存在するのだ。
キヴァは、地中に掘られた聖なる円形空間で、構造は彼らが信じるところによるこの世界の始まり方を象徴している。一番底辺部に小さな丸い穴が掘られており、その穴はメサヴェルデの住人達が、地下の「」の世界から集団で移住してくるために伝ってきた穴とされている。
このソフトボールほどの大きさの穴は「シパウ」「シパプニ」と呼ばれ、グランドキャニオンの壁面やプエブロの遺跡などにも存在している。

シパウから出たキヴァの底面は、2番目の「空気」「」「」「命の呼吸」の世界を現している。

そのまわりをぐるりと囲み、普段は儀式の時にメサ・ヴェルデの民が座る席になっている一段高い上がった所が、3番目の世界「」「血の流れ」を現す。

そして、キヴァの一番高い所が4番目の世界、つまり、今我々がが暮らしている「現世」ということになる。

キヴァの縁に腰掛けてみる。

キヴァの中から吹き上げる風にのって彼らの祈り声が「シパウ」から漏れてくる。彼らは新しい安住の地を求め、生活のにおいを残したまま、ここからどこか違う世界に行ったのかもしれない。または、飢餓・疫病、見知らぬ外敵が現れたのかもしれない。アメリカ大陸にコロンブスが現れる200年も前のことである。

しばし独りになり、クリフ・パレスのよく見える場所に座りこんだ。その時、確かに人の気配を感じた。タワー最上部の窓(赤○)から誰かがこっちを見ている。夕暮れの光で周囲の景が黒から赤茶色に変わるその時、誰かが視線の先を横切り、誰かの話し声が、生活音が聞こえたように感じたのだ。それを、確認するために再び、三度ここにやってきたというわけだ。
しばらくすると、警戒する様子もなくリスが寄り、すぐ傍に腰かけ自分を見つめた。
リスは何かを知っている。

話を大分に。

豊後一ノ宮『西寒多神社』の奥宮がある本宮山(9合目)に鎮座する磐座がそれだ。
縄文時代の頃、この辺りにも大分の先住民達が住んでいた。彼らはこの岩を自然崇拝の象徴として崇め、岩の隙間から異次元の世界に行けるのだと信じていた。アナサジと同じく、やはりここでも下界では見えない力を感じることがある。強風で激しく木が音を立てて揺れていても、古代人の声を聞こうと磐座の前に静かに立つと、ピタリと風が収まり静寂な空間に包まれるのだ。

満月の夜、大分の古代人はここでムーンダンスを舞った。
満月の夜、磐座の隙間からムーンダンスの音が聞こえてくるのだ。
満月の夜、試しに独りで登拝道を登り、磐座の前で目を閉じて手を合わせみては。
自分は、スピリチュアル・オカルト好きではなく、強いて言えば、古代人のごとく自然崇拝という面は持ち合わせているのではなかろうか。

メサ・ヴェルデについては、これからも独学で研究し、また近い将来行ってみようと思っている。セドナのようなオカルトチックなスピリチュアル・パワースポットではなく、アメリカ先住民史ミステリーの聖地である。

「アメリカは歴史がない」と言う人も多いが、それは「アメリカ合衆国」の話で、はるか大昔にマンモスを追いかけてはるばるこの地までやって来たアナサジの先祖は、その後ここに新しい文化を築き、現在も多くの子孫が暮らしている。

メサ・ヴェルデは、なかなか気軽には行けない場所。日本からわざわざ行く人は少ないし、訪れる人は相当コアなアメリカ通である。

ブラックホールという入口があるということは、ホワイトホールという出口があるのと同じく、異次元の入口があるということは、出口もある。メサ・ヴェルデの民は、一体どこに消えたのだろう?そして、西寒多山の磐座は、どこに繋がっているのだろう?
大分の絶対的マイノリティはどこに向かうのだろう?誰かかが守り続けなければならいのだ。

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