Friday, December 22, 2017

西寒多神社・本宮社(大分市)

「やっと貴方に会えた」

登拝を終え西寒多神社を出てしばらくの所でシニア男性に声を掛けて頂きました。

挨拶交換の後、「貴方のお爺さんかお父さんがそういうことをなさっていたのですか?」と尋ねられました。「そういうこと」というのは、奥宮に参り清掃をするという意味です。「夜の二時頃に山に入ります」と答えると大きく体をのけぞらせて驚かれました。

正直なところ、登拝を始めた理由は、私自身もわかっていないのです。

ゴミ拾いを始めて一年が経過した頃、突然の気まぐれでゴミ拾いルートを大きく外れ西寒多神社に足を向けました。それまで西寒多神社に行ったことはありませんでした。
西寒多神社に到着すると、御手水にも拝殿にも寄らずまっすぐに登拝道入口まで進みました。

気になったのです。
本宮山は、ゴミ拾い中にいつも目に入るのですが、隣の霊山ではなく、どちらかと言えばマイナーな本宮山が気になっていたのです。(写真:右手前-霊山/左奥-本宮山)

その後、何度かゴミ拾いルートを外れては登拝道入口に立ち、そして、ある時本宮社を目指し吸い寄せられるように石嶺殿(岩座)の前に立ったのです。

最初から丑三つ時に山に入っていたわけではありません。清掃も岩座と拝殿前をささっと掃く程度でした。徐々に時間が早くなり、清掃の範囲も広がり現在に至ります。

氏子でも関係者でもない私が勝手に清掃などして良いものかと思ったのですが、毎日外界のゴミを拾う反省の多い生き方をしてきた私に、『西寒多の神』が「清められよ」と誘われたのではないかと、漠然とそんな風に考えていました。

それしか理由を思いつきませんでした。
その昔(戦後あたりの頃ですが)、西寒多神社には「お民さん」(故人)という女性が祈祷の修行をしていました。夢の中で「西寒多で修行するように」というお告げがあり、修行後は大分市横瀬にて修行で得たチカラをもって悩み人の相談にのっておられました。古い方達にお聞きすればご存知の方も多いです。

数十年前の話なのですが、私の祖母が母の運転でお民さんを訪ね、何かしらの相談事をしたらしいのです。その時、お民さんが祖母に「貴女の身近な人とご縁がある」とおっしゃったのだと。一言一句正確ではないですが、そのような内容のことをおっしゃったと。 その時は何のことかわからず、祖母も母もそのことは記憶から消えてしまっていたのですが、祖母が亡くなる一年前から私が突然西寒多神社の奥宮に登拝をするようになったことで母はお民さんの言葉を思い出したらしいのです。そのことについては、ずっと私に言いませんでした。私も母も現実主義者的に考える性質ですので、目に見えないチカラについては真向否定ではないものの、特に深くも考えずというスタイルなのです。

祖母が亡くなりしばらくしてから母がお民さんのことを私に話してくれましたが、私は誰かにお民さんのことを聞くことはしませんでした。現実主義の私にとっては聞きづらいという気持ちがあったのかもしれません。


西寒多神社の境内を半世紀以上毎朝のように清掃されているTさんという方がおられ、西寒多神社について色々教えて頂いています。Tさんと顔見知りになり雑談をするようになったので、あるタイミングで「お民さんという女性をご存知ですか?」と質問してみたところ、驚いた顔をされ「KAIさんは、お民さんを知っちょるんかい?こりゃたまげた。久しぶりにお民さんの名前を聞いたなぁ。もうお民さんを知っているのは、この辺りでは私だけですよ」と、お民さんとの思い出話を聞かせてくれました。七十過ぎのTさんがまだ子供の頃の話です。十年くらい西寒多神社で修行なさったとても優しい女性だったそうです。

私がなぜお民さんのことを知っていたのかを話すと、しばらく黙って何か考え事を。Tさんは、全く違うことで祖母をご存じだったようで、「その娘が母で、私が孫です」と云うと「なにえ!」と更に驚かれました。

ご縁なのでしょうか。繋がりというものなのでしょうか。
そもそも、私はゴミ拾いだけではなく、夜中に起きて西寒多神社まで歩いて行き、真っ暗な登拝道を上がり、奥宮を掃き清めるようなことをする人間ではなかったのです。両親もです。しかしながら、ゴミ拾いも登拝も自分のマスターベーションだけで続けられているとも思えず。

私は、現在もなお特別な信仰を持っていませんが、岩座を前にして『西寒多の神』と繋がる瞬間を待つ自分がいますし、奥宮を掃き清めながら『西寒多の神』と会話をしている自分もいます。

清掃を終え磐座の前で手を合わせます。「百度登拝を続けることができたら何か一つお願いごとを」と思っていましたが、途中からそんなことはどうでもよくなりました。いつも通りに磐座の前で手を合わせることができたことに感謝するだけです。

百度を過ぎてからは、山の呼吸、山の住人たちの気配、木々の囁きを感じることができるようになってきました。外界のコンクリートの人間道を歩くより温かみを感じる丑三つ時の神体山登拝道です。

非日常の集中力・緊張感・アドレナリン全開ですので、イロイロと不思議なことにも遭遇します。真っ暗な登拝道を電灯をつけずに普通に上がれるのは、恐らく私だけではないでしょうか。

『西寒多の神』のご実家が本宮山の岩座なのです。

本殿・拝殿は建て替えられ、植林された本宮山は、見た目には神々しさを感じることは難しいのかもしれませんが、「心」で感じることはできます。私がそうでしたから。神社の方々、氏子さん達が千六百年守り続けているのです。岩座は、恐らく紀元前からこの地に住む民に崇められていたのではないでしょうか。

本宮社の氏子さんにお会いしたことはないのですが、小さな集落で高齢化が進んでいるのでは。山の上にある本宮社には車で行けるものの、管理するのは大変なことです。

「心」を繋いでいかなければ。
「私は長いこと生きちょんけど、貴方みたいな人は初めてなんですよ」と、声を掛けて下さったシニア男性が手を差し出しました。「貴方みたいな人」とは、特別な修行をしているわけでもない一般の人が、真夜中に遠くから歩いてきて奥宮に上がり清掃をするという意味です。

以前私のことが書かれた新聞記事を読み、友達から私の話を聞き、数年ぶりに奥宮に参りキレイに清掃されている本宮社を見て感動し、私に一言礼を云う機会を待っていたのだと、何度も頭を下げてくれました。


人様から見れば奇妙に映る行為なのかもしれませんが、私は深く考えず感じるままに続けています。夜中に続けるのは、日本の神様が夜行性であること、掃き清めている姿を(なるべく)人様に見られないようにすることからです。

No comments:

Post a Comment

万年筆のノート術

知人がプレゼントしてくれた原稿用紙。 かなり前に製造中止になったKOKUYOさんの万年筆専用ノート(手帳サイズ/ノ-CH2U)のストックが、あと1冊になってしまいました。 KOKUYOさんの 書翰箋(ヒ-211)は、万年筆用のメモ帳としては、自分の中では最高クラ...