Saturday, November 25, 2017

この町のかたち(大分編)

日本という国はユニークだと思う。

これほどいろいろな人間が、いろいろなことを一生懸命やって過ごしてきた国はないのではなかろうか。

何にしても日本人は働き者である。

日本人はつねに緊張している。

理由は、いつもさまざまの公意識を.背負っていると断定していい。

~司馬遼太郎『この国のかたち』より~
***
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。

このまま行ったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。

日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。

それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである

~三島由紀夫~
***

現代、日本人は常に能天気で平和ボケである。
理由は、いつもさまざまの公意識を背負っていないと断定していい。


日本ほど涙と感動が好きな国はありません。
「感動」と「涙」をテレビで見ない日はありません。
明日は、何見て感動して涙を流そうかな。

かつて「日本人は環境問題につい口に出す人8割、実際に行動に移すは2割であり、アメリカ人はその真逆である。」と言われていましたが、現在はどうでしょう。

大分市は標語だらけの町で、その成果もあり子供達はしっかりしているのですが、なぜか加齢するごとにダメになっていくのです。

あいさつができない
交通ルールを守らない
差別(ハラスメント)をする
ゴミのポイ捨てする
などなど


私は海の向こうで暮らしていた時、日本企業は現地の政治家やメディアに叩かれ、私達を「エコノミック・アニマル」と揶揄しましたが、私は芯の通った「ライジングサン」の国の民であることに誇りを持っていました。

その誇りが崩れていく昨今、非常に辛い思いをしています。

誇りに思っていた日本企業の芯が折れてしまったのです。または、最初から芯など通っていなかったのかもしれません。

日本が、大分の町が壊れていきます。

The hands that build can also pull down.
物を作る力は、同時に壊す力でもある。

その事自体は理解していますが、新しい時代を作れないなら壊すべきではないと思っています。

憲法は「Law」ではなく「Constitution」。「Constitution」は、構成・成り立ちという意味です。

法律的な難しいことはわかりませんが、「この国の成り立ち」について、今一度日本全体で確認する必要があるのではないでしょうか。


私は、毎日大分市のゴミを拾い歩いていますが、拾えば拾うほど、大分市(県)のことがわからなくなってくるのです。

毎日の感動と涙と現実の乖離に戸惑っています。

見てみぬふり、無関心であれば気にもならないと思うのですが、私にはそれができません。正確には、今の私にはそれはできません。

先日、『大分県・大分市は「寛大な町」なのでしょうか?』というブログを書きました。

・困っている人を助けた
・寄付をした
・ボランティア活動に時間を費やした
などからのデータから出された「寛大な国ランキング」において、日本は139ヵ国中111位だったのです。

111. Japan
他人を助けた: 23% (135)
寄付した: 32% (46)
ボランテイアに時間を使った: 18% (73)

大分でもほぼほぼそのレベルなのでしょう。テレビなどで見聞きする大分とはかけ離れた順位ではないでしょうか。

「武士」はまだこの国に存在するのかもしれませんが、「侍」はもう絶滅危惧です。「サムライ」の語源は「さぶらう」、つまり仕えること。現代で言えば「公」に仕えるということなのでしょう。

私は、鏡の中の自分を見ることにしています。
私もまた壊れていました。
そして、ゴミ袋を持って町に出るのです。
ゴミをひとつ拾いひとつ反省、ひとつ拾いひとつ感謝。

今日もまたゴミ袋を持って歩いてきます。

Oita has always been a city of opportunity.

猛省と自戒。

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