Tuesday, May 23, 2017

本末転倒の町【2017.5.24】孤高のゴミ拾い: 22,119 km/13,744 mi

ツバメちゃん達が巣立ってしまいました。空っぽの巣を見るのは寂しいです。もしかしたら第2陣が子育てにやって来るかもしれません。
飲み食いしたゴミ、男性の衣類や下着、女性の下着やストッキングが散乱していました。使用済みの避妊具も散乱していました。ここだけの、今日だけの話ではありません。赤ちゃんのオムツもよく捨てられます。
今まで「大分市のスラム化」について何度も書いてきました。スラム街と言えば、外国のオドロオドロシイ街をイメージすると思いますが、大分市のスラム化は表には見えない所で着々と進み、そのスピードは加速しています。

通学路で使用済みの避妊具や女性の下着が捨てられているなど、外国のスラム街でもあまり見ない光景です。

更に問題なのは、大分市民がそのことに気付いていないということ、見て見ぬふりをしてはいけない人達が知らんふりをしているということです。認めたくない人達も多くいるのでしょう。

「一時期の話」「一部分の話」と云う人達がいます。だから私は盆正月関係なく毎日、1日15 km/10ほどのコミュニティを拾い歩いているのです。

ゴミを拾って22,000 kmの道中で多くの人生の大先輩方に道徳論を拝聴しました。昨日も書きましたが、大分新聞さんに取材していただいてから大分以外の方からも沢山のメッセージを頂戴し、その多くが道徳についてです。

私は道徳を語れるレベルの人間ではなく、皆様の「道徳がなってない」というご指摘は、そのまま私に対しての叱咤であると受け止めています。

道徳論の多くは、「今の若いもんは」「考え方が古い」というような年齢ギャップの埋まらない水掛け論になってしまいます。

人生の大先輩が云う所の「若いもん」というのは私の世代であり、私の世代の云う所の「若いもん」は20-30代のことでしょう。

人生の大先輩方が私の世代の「若いもん」に話をすると、「自分達には自分達の考え方ある」「なぜ、若いもんがやらなければならないんだ。年寄りができるなら年寄りがやればいい」と云うのだと。

そして、我々世代は「若いもん」に対して「ゆとりだからできない」と云い、彼らに「ゆとりでしょ? そう言うあなたは バブルでしょ?」と反撃されてしまうのだ。

「貴方はどうお考えですか?」と意見を求められます。

私は「できるもんがやればよい」と思っています。ゴミを拾える者が拾えばよいと。問題は、私の世代に「拾えるもんがいない」ということなんです。口ばっかり達者で足が動かないバブル末期世代です。その世代が高いポジションにつき、その子供達が主戦力となっている現状で、今以上に期待できることはないです。人生の先輩方にもイロイロなご意見の方がいらっしゃいますし、無関心・見て見ぬふりの人も少なくはないです。

この町のゴミを22,000 km拾いながらこの町を勉強し観察してきました。

ポイ捨てゴミの問題は、ゴミだけの問題でないことがわかりました。

「足元のゴミひとつ拾えぬほどの人間に、何ができましょうか。」(鍵山秀三郎)の意味がよくわかりました。

机の下のゴミを拾い歩くことで、
「人間の心は、そう簡単に磨けるものではありません。ましてや、心を取り出して磨くことなどということはできません。心を磨くには、とりあえず、目の前に見える物を磨ききれいにすることです。とくに、人のいやがるトイレをきれいにすると、心も美しくなる。人は、いつも見ているものに心も似てきます。」(鍵山秀三郎)
の意味もよくわかるようになりました。

そして、この町のシステムが本末転倒であることにも。

『本』は、本学のことであり人として必要な学問。
『末』は、末学のことであり生きていくために必要な学問。経済・IT・英語など。

本学が背骨であり、末学が筋肉なのです。本学あっての末学であり、それがひっくり返ってしまう状況が本末転倒なのです。
できる人間がやればよいのですが、やれる人間がいないのです。目立つことばかり、楽しいことばかり、楽なことばかりではなく、「誰かがやらなければならない」ことがあるということは皆様ご理解されていると思うのですが、性根の部分で動けないのです。

人間の性根というのはそう簡単に変わるものではないのですが、性善説で性根に期待し続けてきた結果がこの有様です。現状が当たり前の世代にとっては、「別にいいやん」ということなのかもしれません。

アメリカ風の言葉で云うと、「豚に歌を教えようとしてはいけない。それは無駄なことであるし、豚も迷惑だ。」です。

考え方を変えなければ。このままの状態では、スラム化のスピードは更に速くなり取り返しのつかないことになってしまいます。一見キレイに見える家でも床下をみればシロアリだらけなのです。ポイ捨てゴミは社会の縮図です。これからも机の上だけを片しますか?

この地は、子孫からの預かりものです。夢いっぱいの若い世代、元気いっぱいの子供ちゃん達、ヨタヨタ歩き始めたちっこい子供ちゃん達、生まれたての赤ちゃん、これから生まれる新しい命に今以上の負を背負わせるおつもりか?

誰が本気なんだ?

猛省と自戒。
What is moral is what you feel good after, and what is immoral is what you feel bad after.
( 道徳的なことは後から気持ち良く、不道徳なことは後で気分が悪い)
~アーネスト・ヘミングウェイ~

皆様にとって興味のないことであることは承知で、皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Monday, May 22, 2017

【平成29年皐月22日】孤高の登拝159度目(Going-to-the-God Trail)

心地良い丑三つ時、美しい星空の西寒多神社に到着。昨年同時期(月末)の歩記を読み返すと蛍のことが書かれていたが、蛍にとってはまだ寒い夜かもしれない。

境内が明るく感じたのは、LED電灯に変わったせいかな。
奇妙に思われるかもしれないが、日々の生活で一番落ち着き心地良いのが丑三つ時から夜明けからちょっとまでの西寒多山(本宮山)と奥宮である。神体山を覆う神々しさに癒されるのかもしれない。
『西寒多の神』に登拝道を開けて頂きパラレルワールドに入るのだ。

パラレルワールドを歩くには、日々の生活にはない緊張感と集中力が必要となる。西寒多山の呼吸、山の住人達の気配、木々の囁きを感じながら奥宮に向かって上がっていく。

年に何度か人工的な香り(香水的な)を感じ立ち止まってしまうことがある。灯りをあっちこっちに向けて匂いの元を探すが見つからず。人とすれ違った時に匂う一瞬だけの香り。
展望台からの大分市街地も美しく、いつもより新日鉄が明るく輝いていた。
冷たい風が奥宮を吹き抜け、しかしながら寒くはなく、気持ちよく奥宮入口道から掃き掃除を開始した。ルーチンは変えないこと。
5月に入ってから国内外の様々な立場の老若男女から道徳についてのご意見を直接、ネットを通じてお聞きした。現状を嘆く声が多い反面、直接的な表現ではないにしろ「道徳なんてくそくらえ」というような意見もあった。
寺社関係の方からもご意見を頂戴した。気持ちや希望は置いといて、現実的な問題として寺社の存続については今後更に難しくなっていくのであろう。それも急速に。

避けては通れない待ったなしの案件だ。

希望はベストを、プランはワーストを。
「誰も来ないかもしれない山の上のお宮を掃除しているのはなぜ?」と聞かれることも多い。

何人来るのかが問題なのではない。零人でも百人でもやることは同じ。私は自然とお付き合いをし、『西寒多の神』のご実家を掃き清めているだけなのだ。

自己満足と言えば、理解しやすいのかもしれない。
『西寒多の神』は、特別な信仰心を持たない私を磐座まで誘い、そして私は掃き清め続けている。

二千年近く継承され続けたことを、この時代に終わらせる覚悟は私にはない。
天皇陛下のご尊顔が浮かんだ。

【<陛下>退位議論に「ショック」 宮内庁幹部「生き方否定」】という毎日新聞さんの記事を読んだことが影響してのこと。
安倍晋三首相の意向を反映して対象に選ばれた平川祐弘東京大名誉教授や渡部昇一上智大名誉教授(故人)ら保守系の専門家が、「天皇家は続くことと祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割と考えるのはいかがなものか」などと発言。被災地訪問などの公務を縮小して負担を軽減し、宮中祭祀(さいし)だけを続ければ退位する必要はないとの主張を展開した。陛下と個人的にも親しい関係者は「陛下に対して失礼だ」と話す。
 宮内庁幹部は陛下の不満を当然だとしたうえで、「陛下は抽象的に祈っているのではない。一人一人の国民と向き合っていることが、国民の安寧と平穏を祈ることの血肉となっている。この作業がなければ空虚な祈りでしかない」と説明する。
 記事(言葉)通りであるとするならば、「失礼にもほどがある」というのが、私の見解だ。
国会議員の石破先生の「皇室が終わるときは日本が終わると思っている」というご意見は、まさにその通りであると。

天皇陛下、皇室に対する思いは人それぞれで、「どうでもいい」という人も少なくはないが、「皇室が終わるときは日本が終わる」その覚悟のある日本人はいないはず。

私自身は「天皇陛下万歳!」としたことはないが、陛下にカメラを向けることはできない。

アメリカ合衆国大統領が、レッドカーペットを敷いた空港まで出迎えに行くVIPは、「エリザベス女王」「ローマ法王」、そして「日本国天皇」の3名のみである。
The hands that build can also pull down.
物を作る力は、同時に壊す力でもある。

「今の日本がつぶれても新しい日本を作ればよい」という意見もあるだろうが、壊すだけの壊し屋は存在しても、今の日本人に作る力などない。
政治家が天皇陛下をコントロールするような言動に嫌な予感しかせず、口の中が苦くなった。

やはり国難なのかもしれない。
They are all perfect.
私には何のチカラもないが、せめて奥宮に鎮座する磐座(石嶺殿)だけは未来永劫の存在であって頂けるよう掃き清め、下界のゴミを拾い清め続けたいと思っている。

継承することと、時代の変化に適応すること。

非情に難しい日本の課題である。
緑が日に日に濃くなっていく。
真っ暗な世界で感じた匂いは、明るい世界では全く感じることはない。
西寒多神社に戻り一足お先に戻られた『西寒多の神』に「ありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えると、す~っと後頭部の辺りから何かが抜けた。
五十になって初めての登拝も無事終えた。平穏な一週間でありますように。皆様にも。

【2017.5.22】孤高のゴミ拾い(西寒多神社・奥宮ルート編): 22,104 km/13,735 mi

去年の母の日のカリフォルニア州「Shasta Lake」での話です。
キャンプ場にテントからゴミから何でもかんでも捨てて帰ったということだったんです。
私のゴミ拾い道中でも同じような惨状です。BBQをして何でもかんでも捨てていくのです。
悪いことまで国際化。
皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Sunday, May 21, 2017

資格【2017.5.21】孤高のゴミ拾い: 22,092 km/13,727 mi

一気に暑くなり、一気に成長したツバメちゃん達です。
日々の生活、『孤高のゴミ拾い』『孤高の登拝』の中での新しい挑戦(試み)を始めました。4月から試行錯誤しながらできることから始めてはいたのですが、更なる進化のための精進・・・と言えばカッコ付けすぎかもしれません。

暑い夏、寒い冬の『孤高のゴミ拾い』『孤高の登拝』を乗り越えると、次のステージに進む「資格」を得たと判断しています。何事においても「資格」については、自分に厳しくすることを心掛けています。

次は10月に次のステージへ。「いつまで、どこまでこの『道』を歩いて行けるのか」、「そして、その先に何があるのか」を見届けたいと思っています。この世を去る時に「なるほどね」と思えれば幸せな事なのかもしれません。
人は五十歳になるとある種の子供っぽい愚行をしたり、名声や信用を得ようとしたりすることをやめる。 
そして自分の人生を冷静に回顧しはじめる。 
彼は待つことを学ぶ。 
彼は耳を傾けることを学ぶ。 
そしてこれらのよき賜物を、いくつかの身体的欠陥や衰弱という犠牲を払って得なくはならないにしても、彼はこの買い物を利益と見なすべきである。 
~ヘルマン・ヘッセ~
皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Saturday, May 20, 2017

【2017.5.20】大分の変質者

以前、大分県の【変質者出没Map】を作成し、【変質者出没の多い町リスト 20142012-13】をまとめました。

作成していた当時は、変質者による大事件が日本のどこかで発生すると大分の変質者の動きはピタリと止まり、しばらくはおとなしくなる傾向にあったのですが、最近はおかまいなしのように見受けられます。

変質者だけではなく、人を殺めたり傷つけたりすることへのハードルがかなり下がっていることは日々のニュースからも明らかです。犯罪件数は減少したというニュースを聞きますが、凶悪な事件が増加したのか、数字のトリックなのか、実感は全くありません。

これは、ポイ捨てゴミにも言えることでして、以前は隅の方や物陰などの見えにくところに隠すように捨てられていたのが、今はもうポイ捨てすることへの罪悪感はないようです。

土手の階段に座っていた普通の高校生カップルが、忘れ物をしたかのように空缶を置いていくのですね。

山河をゴミ捨て場にしている人がいるのですね。

田畑にゴミを投げ込むのですね。

お墓やお地蔵様にゴミを投げつけるのですね。


我々が考えている以上のスピードでハードルが下がっていくのですが、そのことに寛容(無関心)な人が多いこともあり、ブレーキはかかりません。

大分の変質者のおかげで、子供ちゃん達との距離感について考えなければならなくなってしまいました。現在は、子供ちゃん達の通学時間前にゴミ拾いに出て子供ちゃん達とは顔を合わせません。

PTA会長が近所の女児を殺害した罪で逮捕されるような社会です。ゴミを拾っているからと言って善人ということでもないですから。親御さんやコミュニティの皆様の心配の種を減らすために時間を早めました。ゴミ拾いを始めてしばらくは、ゴミ拾い人の印象は良くなかったと思うのですが、長く続けているうちに徐々に理解してもらえるようになり、先日の大分合同新聞さんに取材・掲載して頂いたことで、「そういうことでゴミを拾っているのか」と知って頂けたのではないかと。

それでも、やはり変質者が多く出没するので子供ちゃん達との距離感についてはデリケートに考えてしまいます。学生さんや子供ちゃん達に挨拶をしてもらうと、それだけで1日気分よく過ごすことができます。幼稚園や学校の先生は、毎日挨拶してもらえるので、毎日がハッピーなことでしょう。
アメリカでも子供ちゃん達の性的暴行事件被害が増加しています。 

・小中学校での性犯罪報告件数(2013-14): 3,300
・警察沙汰になった件数(2013-14): 800
・校内での性犯罪の内、学校の先生による性犯罪: 1/7
・性的コンタクト: 80%
・レイプ/男色/強制挿入: 20%
・平均被害年齢: 13歳(レイプ: 14.5歳/: 性的コンタクト: 12.5歳) 
・女子被害者の特徴: 10代プレティーン(最も多いのは14歳
・全被害者の85%が女子。
・男子被害者は女子より低年齢で 5-6歳が40%
・女子被害の95%が男性による。
・男子被害の80%が男性による。
・被害者の12%が、複数の人物により被害にあう。

「被害者の12%が、複数の人物により被害にあう」ということについては特に注視するところではないかと。

アメリカでの現象は、数年後に東京で、更に時差があって地方へという流れでしたが、ネットの発展によりその時差は少なくなってきました。

果たして大分ではどうなのでしょうか?把握できていないことも多いのではないかと察します。

変質者の皆様には、個人の欲求を満たすために子供ちゃんや女性を心身ともに傷つけてしまうこと、その事でご自分が失うモノについて深刻に考えて頂きたいです。『公』への影響についても同様に。抑制できないようなら全てを失う前にカウンセリングを受けることをお勧めします。 

心身ともに大分が美しい町になりますように。 

Friday, May 19, 2017

旅行話【2017.5.19】孤高のゴミ拾い: 22,077 km/13,718 mi

先日、アメリカの10歳以下の子供ちゃんの自殺について書きました。[post] 「ランドセルをしょっている子供ちゃんが自殺とか悲劇としか言いようがないです。」と書いたのですが、今日【小5女児自殺、いじめ調査へ 兵庫・多可町】[article]/【自殺死亡率: 日本はワースト6位 先進国の最悪レベル】[article]というニュース記事を読み改めて現実を思い知らされました。

日本の「世界幸福度ランキング(2016)」は、155ヵ国中51位で、お世辞にも幸福な国とは言えません。
このまま行ったら日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。 
~三島由紀夫~
以前は、「そうなるのかもね」くらいの感覚だったのですが、『孤高のゴミ拾い』を始め、20,000 km以上を拾い歩き日々現実を目の辺りにする現在、三島先生の言葉の意味が体感として理解できるようになりました。同様に、司馬遼太郎先生が言われることも理解できるようになりました。

足で理解しました。(つもりでいます)
ゴミ拾い道中で、久しぶりに日記名「コロコロさん」にお会いしました。年に数度しかお会いしないのですが、いつも「あなたの(ゴミ拾いの)グループに入りたいのよ。後を付いて歩こうかしら」とおっしゃるのです。「ゴミ拾いをしたい気持ちはあるのだけど、コミュニティのはちょっとね。1人だと恥ずかしいし。と言いながら何もしてないんだけどね。家でじっとしていて暇なのよぉ」と、笑顔で続けられました。このくだりは、5年前から変わらずです。

今日はいつもの「くだり」の後、初めて違うトピックについて話しをされました。「コロコロさん」は海外旅行好きで、まもなく北欧に旅立たれるというお話。あとロシアとエーゲ海に行けば、ヨーロッパを制覇。ニューヨークとカナダは素晴らしく、ラスベガスは苦手だったと。一人旅もされるらしいのですが、女性には男性にはないパワーと度胸がありますね。シニア男性は内向きな人が多く、ましてや海外一人旅なんて。

「わたし話するのが好きだからつい長話しちゃって」と10分ほど楽しそうに話しをされました。

暗い話題について考えながらゴミ拾いをしていたのですが、後半に楽しい旅行の話を聞けてよかったです。人様の旅行話を聞くのは、自分も楽しくなるので好きです。
皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Thursday, May 18, 2017

アンガーマネジメント【2017.5.18】孤高のゴミ拾い: 22,062 km/13,709 mi

『孤高のゴミ拾い』を始めて「毎日毎日捨てられて腹が立たん?」とよく聞かれます。皆さん「ワシだったら腹が立って拾う気にはなれん」と言われます。過去何度も書きましたが、ゴミ拾いは怒りの気持ちをもってはできないのです。怒りの気持ちを持てば「なぜ、自分が人の食い散らかした、飲み散らかしたゴミを拾わなければならないんだ!」と思ってしまうでしょうし、ゴミを捨てる人にきつく当たってしまうこともあるでしょう。それは、私のスタイルではありません。

アメリカと日本の知人が「アンガーマネジメント」のセミナー(カウンセリング)を受けており、表面は「怒らない人」っぽくなっているように見えるのですが、人間の性根なんてものはそう簡単に変わるものではないですから。セミナーは、性根を治す場ではなくテクニックを学ぶ場です。日本の知人は、竹中直人さんの「笑いながら怒る人」みたいになってます。結構長く受講していたようなのですが、成果を試そうとゴミ拾いをしてみたら腹が立ったので受講をやめたとのことでした。テクニックだけでは、付け焼刃となってしまうことも多いかと思います。


登拝を終え西寒多神社まで戻ってくると朝の参拝に来られる方達にお会いするのですが、皆さん穏やかな表情で参り、私に挨拶されます。境内で挨拶をしない人に会ったことはありません。しかしながら西寒多神社から離れるにつれ無表情・イライラした表情をした人が増え、挨拶もなくなります。西寒多神社周辺の子供ちゃん達は、町中の子供ちゃん達よりよく挨拶をする傾向にあります。

お時間がある時にお近くの神社でゆっくり過ごされて考え事をしたり、反省してみてはいかがでしょうか。音楽を聴きながら読書をしたり、スケッチするのもいいでしょう。

神社に限らずお寺や教会でも同じことが言えるのではないでしょうか。

イライラした時の応急処置は、鏡で自分の顔を映してみるのがよいかもです。酷い顔している自分に嫌悪感を抱きますから。(自分は吐き気が・・・)運転中にイライラしたらサンバイザーの鏡で顔面チェックしてみて下さい。車のサンバイザーは、そのためのアイテムです。

アメリカは疲れ果て、国中にストレスが充満しイライラ、多くの人がカウンセリング通いをしています。カウンセラーの先生も病んでカウンセリングを受けています。航空会社のトラブルや大統領の言動でもイライラ感が伝わってきます。世界も日本も疲れ果て、知らず知らずのうちにストレスが充満しイライラしています。私を含めて。イライラは伝染するからやっかいなのです。

日本では寺社の存続が危ぶまれていますが、アメリカでも特にミレ二アル以下の若い世代で信仰心が薄れているというデータが出ています。神社界唯一の新聞『神社新報』さんの論説の中の「永い神社の歴史の中で、今ほど厳しい時代はないのではないか。」という一文に衝撃を受けました。ゴミ拾いや登拝していることで、全国の(困っている)寺社の関係者からメッセージを頂戴します。また、廃神社についてのメッセージも頂戴します。

聞けば聞くほど、知れば知るほど深刻です・・・。


性根から治したかったら毎日ゴミ拾いをしてみて下さい。暑い夏も寒い冬も続けてみて下さい。拾っても拾っても捨てられ続けるという非情、食べ物の汁や飲み残しの液体が靴や服にかかるという悲劇、無機質な人の目線が刺さる現実と向かい合うのです。5,000 kmくらい拾うと何となく、10,000 kmで自分の中の変化を自覚するようになり、20,000 kmになると違う次元に足を踏み入れます。

それでも性根というものは、簡単に変わるものではないです。自分を疑い続けることです。

自省と自戒。
 木曜日は、ポイ捨てゴミが多いのです。(水曜日分)
仕事で使ったアイテムやお弁当・飲み物などのゴミを詰めたずた袋が車道から脇道に投棄されていました。
 その他のゴミも道路両脇に気持ち良くポンポン投げ捨てられていました。
大分の大人達は、どうしちゃったんでしょうね。道徳の勉強が必要なのは、子供ちゃんではなく大人ではないでしょうか。筋肉ばかりつけても背骨がないとこうなっちゃう。
皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Wednesday, May 17, 2017

忖度【2017.5.17】孤高のゴミ拾い: 22,047 km/13,699 mi

ゴミ拾い道中のツバメのヒナちゃん達も順調に成長しています。立ち止まって撮影すると電線にとまっているパパとママが「ピピピピッ」と心配そうに鳴くので、立ち止まらずに撮影しなければなりません。巣立ってしまい空になった巣を見ると寂しい気持ちになりますが、「もしかしてパパかママは、去年ここで生まれたのかな?」と思うと感慨深いです。
お役人の不祥事で「認識がなかった」というコメントが多くなった日本であり大分でもあり。言い訳コメントにも流行があるみたいですが、これは人様に与える印象としては最悪ですね。人様の首や胸をナイフで刺しといて「殺す意志はなかった」と言うのと同じレベルくらいに印象が悪いです。否のある側にとっては、ベストではないにしろ無難な選択肢なのでしょうが。

【大分・別府市の指名競争入札 必要書類を93年間作らず 担当者「必要という認識なかった」】[article]

こんな記事がありました。釈迦に説法なのでしょうが、市民ファーストと考えるならば、文言を変えた方が宜しいかと思います。

「こんな事でいいの?」と思う人がいれば、「余計なことしやがって」と思う人もいるでしょう。

この5年間、ゴミ拾い道中で人生の大先輩方から最も多くお聞きした言葉が、「正直者がバカを見る(報われない)」でした。

「こんなにいい時代はないね」とおっしゃる方は、一人もいません。

今まで不平不満を聞いたことのない知人の口からも社会への不満が出るようになり、心配になってしまいます。

今日のゴミ拾い道中、お役所OBとおっしゃる70代くらいの方に(ゴミ拾いのことで)「あなた、役所に嫌われてるやろ」と言われてしまいました。嫌われているかどうかはわかりませんが、無関心というのが正直なところではないかと思います。

ゴミを拾っていると「あなた、毎日知らんしが食い散らかすゴミを拾って損をしているとは思わんの?」と聞かれることがあります。

物事の判断基準が「損得」に偏っている現在ですが、「尊徳」基準の人間もマイノリティとして存在するわけでして、そのマイノリティが住みにくい社会であることは、疑う余地なしだと思います。損得社会になると、忖度社会になるのではないでしょうか。

勿論、「♪ 金が全てじゃないなんて キレイには言えないわ ♪」ですけども、マイノリティ(私は、絶対的マイノリティの類)が住みやすい社会になるよう、頑張って生きていかなければならないと思っています。

我々の世代や若い世代は、イロイロなことを古い新しいで判断してしまいがちですが、物事の判断基準が新旧であることに古くささを感じてしまいます。

「今時の若者は」という人生の先輩方も多いです。
若い人びとが、その力と無知の優越性をもって私たちを笑いものにし、私たちのぎこちない歩き方や、白髪や、皺だらけの首を滑稽だと思うなら、私たちは昔、同じように力と無知をもって老人をせせら笑ったことがあったことを思い出そう。 
そして敗北感を味わうのではなく優越感をもって私たちが年をとってそのような年代を卒業し、ちょっぴり賢くなり、辛抱強くなったと考えよう。
~ヘルマン・ヘッセ~ 
猛省と自戒。明日もいつも通りに一歩一歩ゴミを拾い歩きたいと思います。
皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Tuesday, May 16, 2017

慈悲【2017.5.16】孤高のゴミ拾い: 22,032 km/13,690 mi

オハイオ州シンシナティで8歳の子供ちゃんがイジメを苦に自殺したというニュースを読みました。

10歳以下の子供ちゃんの自殺はアメリカでも稀なケースであるということですが、年平均14人(1999年以降)が悲しい道を選択してしまうのだということです。11-18歳になると年1,400人になります。

日本では、わが町大分ではどうなのでしょうか。

ランドセルをしょっている子供ちゃんが自殺とか悲劇としか言いようがないです。
ゴミの多い場所は、人や動物が命を落とす場所でもあります。私は、コミュニティの人達が避けるそういう場所のゴミも拾い歩いています。「あそこは気味が悪くて拾わないのよ」コミュニティのシニア女性がおっしゃるので、「自分がやります」ということで毎日拾っています。事故で亡くなられた方、自ら死を選択さられた方、殺められた方などそれぞれです。
毎日ゴミを拾っているまさにその場所で焼身自殺された方がいました。ゴミ拾い中に川の対岸で見かけた方が、翌日遺体で発見されたこともありました。ゴミの多い場所です。毎日ゴミを拾っていると、「最期の場所がゴミだらけなんてあまりにも気の毒ではないか」と思ってしまうのです。動物たちが人間にひき逃げされた時は、「ごめんね」と手を合わせます。

気味が悪いと感じるのはごもっともなことで、確かに良い『氣』を感じることはないです。だからこそ机の下のゴミも片してキレイにしておかなければならないのです。

『孤高のゴミ拾い』には、慈悲の心も必要です。
皆様のご理解とご協力をお願い致します。

Monday, May 15, 2017

【平成29年皐月15日】孤高の登拝158度目(Going-to-the-God Trail)

丑三つ時に西寒多神社到着。いつも通りのルーチンを済ませ登拝道に入る。西寒多山(本宮山)は、月灯りに照らされ木に覆われていない所では電灯なくとも歩くことができた。道中、常に月に向かって上り続ける。

月灯りに照らされる夜は、西寒多山の住人達はおとなしくしている。
展望所からの大分市街地は美しく点滅していた。
 別府湾対岸の灯りをしばらく眺めてから奥宮を目指す。
 予想してより冷たい風が吹いていたが、半袖で作業を開始した。
先日の強い雨で先週より大量の葉が落ち、入口道の斜面が少しだけ崩れていた。
世界は混沌とし荒っぽく、国内では日々外国のような殺人事件が発生し、わが町大分でも連日のように不審者・変質者が子供や女性をターゲットに低次元の行為を繰り返す。行方不明の女性もまだご家族の元に帰れないでいる。

そんな事を考えながら3.5時間、休むことなくひたすら掃き清め続けた。
日本で純利益1兆円を超える企業が何社出ても、この国は幸せにはなれないだろう。

テクノロジーの発展で便利な世の中になっても、この国は幸せにはなれないだろう。

東京オリンピックが成功しても、この国は幸せにはなれないだろう。

ラグビーのワールドカップが大分で成功しても、この県は幸せにはならないだろう。

新しい価値観の幸せというものが存在するのかもしれないが、「幸せってなんだっけなんだっけ ♪♬」。
『孤高のゴミ拾い』『孤高の登拝』を続けることで沢山のメッセージやメールを頂戴するようになった。特に大分合同新聞さんに取材・掲載して頂いてからは急増した。他県からの方が多い傾向にある。

ゴミ問題からの道徳、各地の寺社仏閣が抱える問題などについてやU-18からのメッセージもあり、中には切実な内容も。
勉強不足であることから道徳や宗教の話はせず、責任を負えないので相談にのることもできないが、自分の経験や『孤高のゴミ拾い』『孤高の登拝』から感じる、思うことを話させて頂くことはある。

世界で一番ゴミを拾っていても、自分が道徳を語れるレベルの人間だとは思っていないし、特別な信仰心があって登拝を繰り返しているわけでもない。ゴミを拾いを始めてしばらくは「宗教の人?」と聞かれることが多かったし、アメリカでは自然活動家と間違えられることもある。

外国の人達にとっては、「登拝をしているが特別な信仰心があってのことではない。ゴミを拾っているがボランティアではない。」の意味を理解することは難しいようである。
U-18の子達から「なぜ宗教を信じている人達が戦争をしたり、人を殺したり、悪いことをするの?」「こんなに宗教が沢山あっても、どんどん悪い社会になっていくのはどうして?」というようなメッセージが届く。

ごもっともな疑問だ。小生にもわからない。
特別な信仰を持たないかわりに、古事記を読み、仏教の勉強をし、聖書にも目を通し、良いことは積極的に取り入れるよう心掛けている。お陰様で座禅で打たれることもなくなった。

特別な信仰心なく、ボランティアでなく、活動家でないからこそ、ゴミ拾いを22.000 kmを続けることができ、丑三つ時から山に入り奥宮を掃き清め続けることができているのではないかと思っている。なぜなら、彼らには小生と同じことができないから。アメリカのメディアで働く知人からは、「インドの山奥で修行している僧でもそんなこと(ゴミ拾い)はできない」と評されれている。
奥宮にある磐座を崇めているので『原始神道』における自然崇拝者ではあると思う。アメリカ先住民(インディアン)と同じだ。
『原始神道』は、神社ができる前の弥生時代~古墳時代(3-6世紀)に磐座などを崇めることで始まった信仰。『魏志倭人伝』によると、卑弥呼は呪術を使って占いなどを行うシャマニズムだったと記されているということだが、これも『原始神道』の一つとされている。

小生は、呪術や占いに関してはよくわからず、自然崇拝のみ。自然崇拝者だからできていること。
 They are all perfect.
U-18の子達に「あなたは何をベース(背骨)として生きているの?」「この国(公)の幸せとは?」と問うと、「わかりません」と返ってきた。わかったつもりの大人にもわからない。

小生にもわからない。

そこまで考えたところで清掃を終えた。
先日の雨で朽ちた木があちこちで倒れていた。真っ暗な登拝道で頭上から倒れてきたら大変なことだが、一度だけ通り過ぎた直後に大木が崩れ谷底に落ちていったことがある。西寒多山の夜、あちらこちらから木が倒れる音が聞こえてくる。木は夜に倒れるのだ。
無事下界に戻り「ありがとうございました」と拝殿で挨拶をすると、後頭部から肩の辺りからス~っと何かが抜けていく感覚がある。
平穏な一週間でありますように。皆様にも。

本末転倒の町【2017.5.24】孤高のゴミ拾い: 22,119 km/13,744 mi

ツバメちゃん達が巣立ってしまいました。空っぽの巣を見るのは寂しいです。もしかしたら第2陣が子育てにやって来るかもしれません。 飲み食いしたゴミ、男性の衣類や下着、女性の下着やストッキングが散乱していました。使用済みの避妊具も散乱していました。ここだけの、今日だけの話では...